当然、すべてを移転するのではなく、原材料分野では素材メーカーと日本でコラボレーションしていく必要性があり、日本に残す部分があることもつけ加えた。とはいえ、口ではグローバル化を叫びながら、日常の仕事に支障がなければ、移転する意味をなかなか見出せないだろう。日系企業同士の「あ・うん」の呼吸でビジネスができ、日本語で会話し、かゆいところにまで手が届くこれまでの関係は、ある意味で心地よかったといえる。

しかし、その考えにあえてNOを打ち出したのが今回の決断だった。そうはいっても日系との決別を意味するのではなく、あくまでも発想そのものをグローバルに転換し、取引先の再編を図ろうというのである。

「海外のホテルでテレビの裏側を見るとビスの色がテレビの色に合わせた黒ではなく、バラバラなんですよ。日系メーカーはそんな見えないところにまで気を使ってきたが、多くの海外メーカーはこだわらない。その違いは小さいようでいて、非常に大きかった。結局、マインドが違っていたのだと思います」(松本氏)

海外にはそれぞれの国の文化や常識、生活様式がある。「求められてもいないスペックを『日本的な丁寧さ』でわざわざつけても、コストが上がるだけで外国人には理解されない」と松本氏も同意する。世界標準の“目に見えないグローバルスタンダード”を体得するためにも、日本を離れ、現地に居を移すことが求められたというわけだ。

移転先のシンガポールはアジア各国から距離が近いという地理的条件のよさに加え、税率が日本の半分以下の17%と低いことや、ホワイトカラー人材の豊富さ、港湾手続きがスムーズで中国向け輸出にかかる関税がゼロなどの利点がある。

同社は海外移転を機に、新規の顧客開拓も含めて取引先を見直し、汎用性の高い部材の一括認証に取り組むことにした。まずは固定抵抗器とねじから取り組み始め、コイル、コネクター、スイッチに広げていく予定だ。

これまでは各ドメインの要望に応じたねじなどをバラバラに調達していたため、無駄も多かった。今後はクオリティーに影響しないこだわりは捨て、できるだけ共通化した部品や部材を使用しコストカットしていく。

アジア、中国を中心に部材の集中契約の海外取引先は延べ300社を超えるが、移転に伴い取引先も再度精査していく。すでに新規取引先として、台湾の大手メーカーと接触しているという。

「国籍とか、日本語が通じるかどうかとか、過去のつながりは関係ない。一定の環境基準とグローバルスタンダードの製品づくりをしている企業なら、国内外どことでも取引していきたい。もちろん、こちらが選ぶのではなく、選び選ばれる関係が理想。目指すは共存共栄です」と渡邉氏は語る。