さまざまなデマが広まってしまう理由

それでも「医師は抗がん剤治療を受けない」というデマが信じられてしまう背景には心当たりがあります。例えば、根治切除不可能な大腸がんは、抗がん剤治療を行わない場合、数カ月くらいで亡くなることが多いでしょう。しかし抗がん剤治療を行えば、多くは数年くらいの延命が期待できます。

ただ、いったん腫瘍が縮小したり、症状がやわらいだりしても完治したわけではないので、再び悪化して亡くなる時がきます。そのため老衰死の記事に書いたように、医師からすれば典型的な経過でも、ご家族は急激な悪化と認識してしまうことがよくあります。「以前は元気だったのに、抗がん剤治療を始めたら悪化して数年で亡くなった。抗がん剤治療は効かなかった。副作用のせいで亡くなったのでは」と誤解してしまうのは仕方がありません。根拠のない代替医療や食事療法を行ったり、そういった書籍を売ったりして利益を得ている人たちが「抗がん剤の毒性で死に至る」などと誤解するようあおるのでなおさらです。

このような理由で「私の家族や知人には効果がなかったから、抗がん剤治療はやめておいたほうがいい」などとアドバイスする人が現れるわけです。体験談の共有は大切ですし、悪いことではありません。けれども、がんの種類や進行度も、受ける予定の抗がん剤も、抗がん剤治療の目的もそれぞれですから、ほかの誰かの話が自分や家族に当てはまるわけがないのです。

病院で横たわっている女性
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つらい副作用対策も進歩している

そのほかにも「抗がん剤の副作用は危険だ」と言われることもよくあるでしょう。薬には副作用がつきもので、適切に使わないとただの毒になりかねません。とくに抗がん剤は他の薬と比べ、吐き気、脱毛、白血球減少などの副作用は強いといえます。しかし、副作用対策も進歩しています。副作用には個人差がありますから、患者さんの状態によって抗がん剤の用量を調節したり、休薬したりすることもよくあることです。ある医師が「患者さんが副作用を訴えてもがん治療医はほぼ例外なく『極量で治療しなければ抗がん剤は効かない』と言って譲らない」と書いていましたが、そんなことはありません。

「抗がん剤治療に延命効果があっても、副作用で必ず生活の質が落ちる」という話もよく聞きますが、これも間違いです。がんによって痛みなどの症状がある場合は、抗がん剤治療によって一時的ではあってもがんが小さくなることで、つらい症状が緩和して生活の質が改善することもよくあります。奇妙に聞こえるかもしれませんが、がんに対する積極的な治療は「元気」な人にしかできません。抗がん剤の副作用で体力を失って元気でなくなると十分な治療が困難になります。副作用対策で患者さんの全身状態を良好に保てるようになったことも、抗がん剤の治療成績の向上に寄与しています。

そして高額な自費診療はおすすめしません。原則として日本では十分なエビデンスのあるがん治療は健康保険の範囲で受けられます。自費診療で提供されているがん治療のほとんどは、効くかどうかがまだわかっていないか、効かないことがわかっているのかのどちらかです。自費診療クリニックのサイトには工夫が凝らされており、いかにも効きそうに思えますが、「そんなに効くのなら、なぜ保険適用されていないのだろう」と考えてみることが、だまされないための助けになります。