負けは人生の敗北なのか
かつて勝つことにひどくこだわっていた道場生がいた。
小学校の頃から学校の成績は常にトップ。世間ではエリートといわれる学校の受験もトップの成績で入り、学業において人に勝ち続けることを親から強いられてきた若者だった。
そんな生き方をしてきた彼にしてみれば、「負け」は人生そのものの敗北につながるような響きを持っていた。だから、麻雀を打つときにも、沁みついた勝つことへの常軌を逸した執着がにじみ出てしまう。
勝ちたいという欲からくる焦りや不安、そして身心の硬さが、彼の勝負をひどく醜いものにしていた。
「負けない」こそ本当の強さ
その道場生が雀鬼会の主催する大きな大会に出場したときのことだ。最初は「勝ってやる」という意気込みだけが空回りして、「ああ、またいつもと同じだなあ」という雰囲気だった。
そこで私は、「格好よく負けることだけを考えて打ってみるといいよ」とアドバイスした。
すると、それまでの打ち方に変化が起こり始めたのである。強張っていた体と心から力みが消え、その後の対局で、彼はみんなの予想を裏切って大勝を収めることができたのだ。
試合が終わったあとで感想を聞いてみたら、「桜井会長の言葉が、心の深いところに自然にスッと入ってきたんです。今まで自分を押さえつけていた勝つことへの強迫観念のようなものが、気がついたら消えてしまったんですよ」という。
「格好よく負ける」ことを目指すと、結果として「負けない」ことにつながる。「格好よく勝つ」なんてことは考えず、まずは「格好よく負ける」ことを意識する。本当の強さはきっとそこから生まれてくるのだ。