行動に結びつく言葉とは?

相手の心に残る話し方をするとき、言い換えの能力と並ぶ、もう一つの柱は例え話を効果的に使う能力だろう。優れた経営者に話を聞くと、例え話の使い方に感心させられるが、なかでも鈴木敏文氏は断トツにうまい。

鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス会長兼CEO。1932年、長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)入社。63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設して日本一の小売業に育てる。2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立する。

鈴木氏は年間何十回と、社員に対して直接講話を行うが、話すテーマは「変化対応」「過去の経験の否定」「新しいことへの挑戦」……等々、いつも変わらない。それでも聞き手が飽きず、退屈しないのは毎回、使う例え話や事例を変えるからだ。いくつか例を見てみよう。

鈴木流の経営の基本は「単品管理」の徹底的な実践。商品を単品ごとに売れ筋を把握し、死に筋を排除していく。そのため、明日の顧客のニーズについて仮説を立て、結果を検証するという「仮説・検証」を日々繰り返していく。

ただ、単品管理は実践したからといって、一発で業績が上がるようなものではない。仮説がズレることもあり、容易ではない。そのため、「単品管理を実践しよう」と話すだけでは、なかなか行動に結びつかない。そんなとき、鈴木氏はこんな例え話を使う。

「例えば、われわれは健康を維持するために運動をします。運動は今日やったからといって、すぐに効果が表れるわけではなく、長期にわたって効果が得られるものです。一方、運動すれば疲れます。しないほうが楽です。

単品管理も運動と同じです。続けることで“経営の筋肉”が鍛えられ、前は届かなかった水準に到達できるようになり、経営が健康になっていく。ただ、毎日実践するのは大変です。だからといって、安易な仕事の仕方をするのは、運動するときついし、疲れるし、しないほうが楽だからとジッとしているのと同じ理屈です。経営の筋肉は衰え、どんどん健康を失っていくでしょう」

単品管理を日々実践するのは、絶えず変化する顧客のニーズに対応するためだ。顧客は売り手に常に「満点」を求めるが、そのレベルは上がり続け、売り手が前と同じレベルを維持しても「ただの合格点」にすぎなくなり、やがて飽きられてしまう。このギャップを鈴木氏は「夫婦の関係」に例える。