※本稿は、湯澤規子『ウンコの教室』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです。
毎日出る馬のウンコをどうすればいいのか
「学生食堂から社会を変えてみたいんです」大学で担当している「食と農の環境学」という講義の後、相談があると言って私のところへやってきた学生Aさんは開口一番、そう言って話し始めました。
その話というのは、大学の馬術部の馬糞で野菜を育て、その野菜を食材として学食に戻す「環」の仕組みを創れないか、という相談でした。
なぜ、馬糞なのか? 私が所属する大学の馬術部では、現在、競走馬を引退した馬を引き取って、10頭ほど飼育しています。言われてみれば当たり前のことですが、馬は毎日、食べては馬糞を出します。
馬術部がある東京の多摩地域には周辺に農家が多く、これまではその馬糞を肥料として引き取ってくれる農家があったそうです。しかし、昨今の農家や農業の減少に伴い、その引き取り手が少なくなり、馬場に馬糞が残ってしまい、その処理をめぐって頭を悩ませる事態になりました。
馬術部のある大学には共通する悩みだった
馬術部の知り合いからその悩みを聞いたAさんは、かつて日本では下肥を活用していたことや、糞壌についてあれこれと話す私の講義を聞いて、馬糞を肥料として活用することを思いついたそうです。
大学で「食」と社会の関わりについての講義を聞いたり、考えたりしているわりには、自分たちが毎日使う学生食堂についてはあまり関心がない、というのはあまりにももったいない、ということにも気づいたと言います。
そして、Aさんの頭に浮かんだのは、馬糞と畑と食堂をぐるっと一つの環でつなぐというプロジェクトでした。
調べてみると、多くの大学には馬術部があり、その中でも特に都内の大学の馬術部にとって、「馬糞問題」は共通の悩みであることもわかってきました。
放置はできないけれども、処理に十分なお金をかけることもできない。誰かが活用してくれれば……、という切実な呼びかけが各大学の馬術部のホームページから発信されています。
ということは、馬糞と畑と食堂をつなぐことができれば、それは一つの大学の小さな試みというだけでなく、同様の悩みを抱える現場へのヒントになるかもしれません。
あまりにも興味深い話だったので、私も一緒にその世界を探訪しながら考えてみることにしました。