熱海会談で実践した「辞は達するのみ」

1964年、松下電器の経営は危機に陥っていました。松下は全国にはりめぐらせた販売代理店網が強みでしたが、販売代理店に在庫が積み重なり、販売力が低下。販売の大改革を行うため、全国170社の販売代理店経営者を招いて開いたのが熱海会談でした。

熱海
写真=iStock.com/Tamiko Ihori
※写真はイメージです

論語に「辞は達するのみ」という言葉があります。言葉は口に出しただけではダメで、相手に腹落ちしてはじめて価値があるという意味です。熱海会談で実践していたのは、まさに「辞は達するのみ」でした。

会議の予定は2日間。幸之助翁は事前に会場に入ると、すぐさま会場のどこからでも自分の顔がよく見えるよう、演壇を高くして、椅子の配置も変更しました。自分の思いを伝えるために、細部に徹底的にこだわったわけです。

本番は紛糾しました。2日では話がまとまらず、予定を延長して会議は3日目に突入しました。それでもなかなか収拾がつかず、このままでは物別れに終わってしまう。そんな土壇場で、幸之助翁は頭を下げて、こう言いました。「原因は私どもにある」「創業の昔に戻って一緒に頑張りたい」。そして用意していた直筆の色紙「共存共栄」を配ったのです。

これぞ辞が達した瞬間。経営者たちは心を打たれ、「自分たちも悪かった」というムードになったといいます。幸之助翁は言葉を伝えるために、その場で自分の身を晒して話すこと、スケジュールを変えてでも相手が納得するまで言葉を尽くすこと、そして最後は理屈を超えて気持ちを受け止めることにこだわりました。

もし代理の人が会議の最初に「共存共栄」と揮毫した色紙を配っていたら、販売代理店の経営者たちは「共存共栄なんてきれいごと」と思ったでしょう。同じ言葉でも、それを深く届けるための努力を惜しまなかったからこそ、多くの人の心に染み入ったのです。

神様がここまでやるのですから、私がやらないわけにはいきません。ユーグレナのお客様の会に出席するときには、なるべく事前に会場入りして聞き手側の席に座り、場合によっては椅子を並べ直してもらいます。販売代理店などに伝えたい言葉は、手書きにして郵送します。思いが乗った言葉ですから、ぜひ辞が達するといいなと思います。どんな言葉なのかは、誌面経由でわかってしまうと思いが伝わらないので内緒ですが(笑)。

(構成=村上 敬 撮影=鈴木啓介)
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