怒気をはらんでいた。野村はナインから年賀状が全く届かなかったことを問題視した。記者たちが色めき立った。指導初日、いきなりの説教。これは記事になる。
「年賀状は、今は何で必要かという声もあるが、世話になった人に感謝の気持ちを伝えるためにも必要。日本のいい風習だ」
野村の到着時、「俺を見て下さい」と言わんばかりに目をギラつかせていた男たちは、気づいたら下を向いていた。
翌朝、野村に見せようとコンビニでスポーツ各紙を購入した梅沢は、紙面を見て仰天した。
「ノムさん始動即カミナリ 年賀状1枚も届かない」
各紙とも大きく報じていた。
野球だけやってればいいわけではない
梅沢は回想する。
「初日のグラウンドに向かう車の中で『年賀状、一人も来ないよ。お前からも来ていないじゃないか。どうなってんだ』と叱られて。『こういうことをしっかりしなくちゃダメなんだよ。選手にも言うぞ』と予告していました。確かにシダックス野球部ってそういう習慣がなかったんです。
野球だけやっていればいい、強ければいいという感じだったので。そしたらあれだけの大きな記事になって発信されていて……。チームを預かるマネジャーとして、本当に恥ずかしかった。そして怖かったです。
野村監督って、思ったことをそのまんま言う。そしてそのまんま記事になる。私はマネジャーという立場で、監督の広報兼運転手……とにかくいろんなことを兼務することになったんですけど、こと広報に関しては本当に神経を研ぎ澄まさなければいけないと、最初の最初で引き締まりましたね」
なぜミーティングが大事なのか
野村は毎朝、関東村に到着すると、ナインを集めて訓示を行った。
話題は野球に限らなかった。時には人生論や生き方にも及んだ。すぐに終わるときもあれば、長時間に及ぶときもあった。
就任間もない頃、野村はナインに言った。
「俺が何でこういう話をするのか分かるか? お前らは俺のこと、分からないよな。テレビでは観ているかもしれないけれど、本当はどんな人かなと思うだろ?」
ナインは一様にうなずいた。
「この場は、俺の勝負なんだ。『この人はこんな考え方をしている』『だから、この人のためにこうしよう』と、みんなに植え付けなきゃいけない。野村克也はこういう人間だと、理解してもらわなきゃいけないんだ。だからミーティングの場は凄く大事で、俺にとって毎日毎日が勝負なんだ。車の中で『きょうはどんな話をしようか』と考えてくるんだよ」
プロでも名将と呼ばれた男が、自分たちとのひとときを「勝負」と捉えてくれている。
男たちの間に緊張感が走った。