メディカルチェックでは根本的な解決にならない

大野倫の悲劇は大きなニュースとなり、これを問題視した当時の日本高野連、牧野直隆会長は、甲子園に出場する投手のメディカルチェックの導入を決めた。

1994年度から甲子園に出場する選手は、整形外科医、理学療法士による肘、肩の検診を受けることが義務付けられた。

このことは一歩前進ではあったが、担当する医師は「大会期間中に怪我をするリスクがあるかどうか」だけをチェックするにとどまり、検診で既往症が見つかっても問題視しないことが多い。ある医師は筆者に「選手の将来がかかる大試合が控えているのに、肘に古傷があるから投げるなとは言えない」と語った。

大会前のメディカルチェックでドクターストップがかかったのは、今治西高の藤井秀悟(のちヤクルト、巨人など)など数人にすぎない。

メディカルチェックは投手の肩ひじを守る方策としては不十分で、以後も、甲子園や予選で投げまくった揚げ句に投手を断念したり、野球そのものを辞めてしまう選手がたくさん出た。

阪神甲子園球場
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以前より投手のケガのリスクは高まっている

近年、臨床医学の進歩とともに、投球障害のメカニズムが明らかになってきた。

日本を代表するスポーツドクターの1人、馬見塚尚孝(まみづか・なおたか)氏は投球障害の要因として以下の5つを挙げる。

■個体差
■投球動作(フォーム)
■コンディショニング(疲労度)
■投球強度(球速)
■投球回数(球数)

馬見塚氏はこれを「投球障害リスクのペンタゴン」と命名した(『新版 「野球医学」の教科書』(ベースボール・マガジン社)より)。これらの要因がからまりあって投手は故障するのだ。

さらに、近年、投手のリスクは以前よりも高まっているといわれる。それは投手の球速が高まっているからだ。バイオメカニクス(生体力学)の進歩、トラッキングシステムの導入などによって「速い球を投げる技術」が現場に落とし込まれるようになった。選手の体位が向上したこともあり、かつては140km/hを出せば「超高校級」といわれたが、今では有力校のエース級は普通に150km/hを出すようになった。

しかし、大口径の大砲が砲弾を発射すれば反作用で砲身が大きく後退するように、剛速球を投げた反動は肩、肘に大きな負荷となる。「ペンタゴン」でいえば投球強度が大幅に増すことで、リスクは高まっているのだ。