心理療法で驚くほど改善するケースがある

発達障害は、先天的な脳の特性が原因であるため、心理療法は有効ではないと長らく考えられてきた。だが、そうではない可能性を河合氏は考えている。

「これまでの心理療法は、クライエントが主体的に自分のこころを見つめ、問題を解決していく内省的なアプローチが中心だったので効果が薄かったのかもしれません。主体性が欠けている発達障害の人には、違う方法論が必要です」

河合氏がセンター長を務めていた京都大学こころの未来研究センターでは、「子どもの発達障害へのプレイセラピー」の研究プロジェクトが行われてきた。発達障害の子どもにプレイセラピーを実施し、その効果を検証しているのだ。その結果、脳機能の生まれつきの特性であると言われている発達障害も、心理療法によって驚くほど改善するケースがあることが分かってきた。

「脳の働きが、人間のこころや行動に大きく影響しているのは確かです。とはいえ、必ずしも脳だけでこころの状態が決まるわけではありません。身体から働きかけることも有効です。こころへの働きかけで行動や考え方が変わっていけば、それがまた脳を良い状態に導いていくこともありえるかもしれません」

灰色の背景に対して脳のイラストを保持している女性医師
写真=iStock.com/Tharakorn
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「箱庭療法」での変化を見ていく

プレイセラピーには「箱庭療法」も含まれる。河合氏の父である河合隼雄氏が、スイスから日本に持ち帰って広めた治療法だ。

実際に使っている箱庭を見せてもらった。

内側を青く塗った浅い木箱に砂が入っている。部屋の棚には箱庭療法で使うミニチュアの玩具がずらりと並んでいた。テーブルや椅子、車や標識、山や木、動物や人形など、圧倒されるほど大量のさまざまな玩具だ。

クライエントは、セラピストに見守られながら、箱の中に好きな玩具を選んで配置していく。砂を掘れば、青い板が覗くので、それを泉や海や川に見立てることもできる。河合氏が席を外している間に、箱庭を作らせてもらったら、童心に帰って楽しめた。できあがったものは、奇妙で不思議な世界だった。だが、自分でもなぜこのような箱庭を作ったのかが分からなかった。箱庭を作っていたつもりが、途中から箱庭に作らされていたのである。

「箱庭は一度だけの表現でももちろん意味がありますが、実際のセラピーでは何度も連続的に作っていくことで、変化を見ていきます。セラピストが見守っていることも重要です。セラピストが何か働きかけたりすることはほとんどありませんが、誰かと世界をシェアしていることが、クライエントのこころにとって大切なのです」

セラピストは箱庭療法においても、カウンセリングにおいても、ただ見守るだけの存在ではないのだ。見守っているうちに、クライエントの内面から、これまでなかった何かが立ち現れてくる。発達障害の子どもの場合だと主体性の萌芽が生まれることもある。そのときに、立ち上がってきた新たなこころの動きをキャッチするのがセラピストの役割だと河合氏は話す。