ベトナム戦争で矛盾を突きつけられた
戦後も自己矛盾は終わらない。冷戦時、「アジアの資本主義国」もまた一個の矛盾だった。日韓以外のアジア諸国の多くは左翼ナショナリズムの道へ進み、社会主義国になっていたからである。それゆえ日本はベトナム戦争のような形で矛盾を突きつけられてきたのだ。
そして冷戦が終わった。そこで不可思議なことが起きた。共産主義が自壊すると、資本主義もまた自壊し始めたのである。世界各国は軒並み資本主義国になったが、みな資本主義の毒に蝕まれている。むしろ各政府は自ら進んで資本主義の毒を全身にかぶっている。
そのエキスが新自由主義である。「カネ」という唯一絶対の価値観が人間の差異を塗り潰し、伝統をぶち壊し、社会を造り替えている。その意味で構造改革は文化大革命と大差あるまい。資本主義は社会主義に近づいているのかもしれない。
明治維新以来の「日本人」という自我を見つめ直す時だ
同じように対立軸や敵を失った日本は宙ぶらりんになり、自我を見失ったのではないか。そのせいか、日本はそのまま単なるアメリカの従属国に堕落していき、そしていま、積極的に中国や韓国と敵対しようとしているように見える。敵を求めることで必死に自我を見出そうとしているかのようだ。
歴史は振り子のように行ったり来たりしながらジグザグに進む。「日本人」という自我もまた、ふらふらと揺れ動きながら生きてきた。それは必然的にアジアに対する敵対という悲劇的な形をとった。しかし冷戦後、米中対立を除けば日本がアジアに敵対しなければならない条件は見当たらない。
いまこそ我々は明治維新以来の「日本人」という自我を見つめ直し、我々が背負わざるをえなかった矛盾逆説と向き合い、新たな道を、すなわちアジアへの真の道を追求すべきである。さもなければ、近代日本の悲劇は繰り返されることになるだろう。
「民族主義者」の目は輝いていた(2016年10月)
台湾に古い友人がいる。中国国民党の蒋介石とともに台湾に移り住んだ男で、いまでは傘寿の老人だ。昔、彼が「日本人は中国で酷いことをやった」と吹っ掛けてきたから、私が「中国共産党はどうなんだ」と切り返すと、彼はこう吐き捨てた。「あいつらはチャンコロだ」。
私は驚いた。大陸から台湾に移ったとはいえ、彼の口からそんな差別語を聞くとは思わなかった。彼は「毛沢東と中国共産党が大陸から我々を追い出した時、何をしたかは忘れない。同じ漢民族だからこそ日本人より遥かに残酷だ」と続けた。その苦々しい声がいまでも耳朶に残っている。
この記憶は喉に刺さった小骨のように、民族あるいは民族主義とは何なのかと私を考え込ませる。