導入推進派が挙げる3つのメリット
第三に、この制度の下では、監査法人を媒介に日本の実情に合わない会計ルールが強要されるリスクがある。この可能性は、この会計制度が原則主義という考え方をとっているためにもたらされるものだ。原則主義とは、会計制度では原則だけを決め、会計処理の具体的なルールは、企業と監査法人の相談で決めることができるという意味である。
一見柔軟性がありそうだが、監査法人が国際的な巨大法人に系列化されていることを考えれば、日本の実情を理解しないルールになってしまう危険性が大きい。その典型は持ち合い株の会計処理である。現状では、持ち合い株は、ほぼ永久に持ち続けられる予定であるにもかかわらず、時価評価の対象となっている。株価の低下は、貸借対照表の有価証券の価値の減少となって表れるだけだが、国際会計基準の下では、その減価を損失として計上しなければならなくなる可能性がある。
このコラムでも書いたように、持ち合いは、株主のモラルハザードが企業経営に悪影響を及ぼさないために日本の産業社会が生み出した知恵である。株主は有限責任である。そのため、株主は、利益を長期的なリスクに備えて資金を留保するよりも配当としての支払いを要求するというリスクである。このリスクを避けるためには、長期的取引関係にある企業に株式を保有してもらう必要がある。残念なことに、日本のなかでも監督官庁や市場関係者の間での持ち合いの評価は低い。バブルのときは、持ち合いが放漫な経営の温床となったという認識があるからだ。
今回は、日本企業が受け入れやすくするための妥協も行われている。第一は、連結決算だけに適用され、単独決算はこれまでの会計制度を続けてもよいという妥協である。企業の経営判断にはこれまでの会計制度を使ってもよいという妥協だが、外部報告の会計の基本思想と内部判断での会計思想が異なるというのは、会計制度として健全なことなのだろうか。
第二に、国際会計基準を採用するかどうかは、個々の企業の判断が尊重されるという妥協である。しかし、この基準を採用する企業が増えてくると、金融機関や監査法人がこの会計制度の採用を企業に迫る可能性もある。この会計制度を使うほうがシステム構築のコストが安くつくから、この制度を採用せざるをえなくなる可能性もある。自由だといわれながらの実質的な強要が起こる可能性があるのである。それでもメリットがあればよい。しかし、会計制度採用の、メリットといわれるものはそれほど大きいものではない。導入を推し進めようとする人々がメリットとして挙げるのは次のようなものである。
第一に挙げられるのは、世界の投資家からの投資が促進されることである。しかし、投資家に迎合する会計制度を採用する企業に投資するような投資家に投資してもらうことが企業にとってよいことなのだろうか。自分たちの事業哲学を大切にし、長期的な成長戦略をもとに健全な経営を行っていることを理解してくれる投資家に投資してもらうほうがよいのではないか。
第二は、海外の同業他社との経営比較が容易になるというメリットである。しかし、新しい会計制度のもとでの利益数字はほとんど意味のない数字になってしまう。このような意味のない数字を比較することによって何がわかるのだろうか。
第三は、国際会計基準の導入によって長期的な管理コストの削減が図れるというメリットである。しかし、そのようなコストダウンのために事業哲学を捨てるという犠牲は大きすぎないか。