民主党政権と官僚は、この法律を軽く見ているのではないか。政府は、パニック抑制よりも国民の安全確保を優先しなければならず、それを前提に国民は政府に信任を与え、強大な権限を付託しているのである。ところが、政治家も官僚も傘下の関係機関も、放射性物質の拡散予測図を住民に公開しなければならないという法令がないことを免責の言い訳にしている。実際、防災基本計画でも安全規制担当省庁と関係自治体への情報伝達を定めているにすぎないからだ。
しかし、莫大な税金を投じて開発した防災システムの管理と運用が、国民ではなく政府の手に委ねられているのは、政府と関係機関が国民の安全のためにそれを常識的かつ適切に活用することを前提としているからなのだ。
仮に、どこかの小学校で火事が発生した場合、防災と避難場所の手筈を承知した教師と学校には、生徒を誘導してその安全を確保する責任がある。逃げ惑う生徒が飛び込もうとしている教室が実は火が燃え盛る場所だと承知のうえで、それを引き止めようともせず、結果的にその教室に逃げ込んだ多くの児童が焼死すれば、教師も学校もその無責任と非道を糾弾され、重過失罪に問われる。この場合の教師が安全規制担当省庁の役人たちであり、学校は政府だ。
司法の場でも、さまざまな動きがある。福島県内の私立幼稚園関係原子力損害対策協議会は1月24日、事故後の園児休・退園で収入が減少したため、東電に約6億6700万円の損害賠償を請求した。東電はどう対応するか。
事故を起こした東電の対応に国民が驚かされた訴訟がある。東電福島第一原発が撒き散らした放射性物質の汚染除去を求めて、事故から5カ月後の2011年8月、現地から約45キロ離れた二本松市のゴルフ場が汚染除去を求める仮処分を東京地裁に申し立てた。これに対して東電は、「飛び散った放射性物質は東電の所有物ではなく、もともと無主物である。仮に東電の所有物だったとしても、すでに外部に付着したから、もはやそれは東電のものではない」と反論し、同地裁の福島政幸裁判長は「営業に支障はない」として、除去責任も賠償請求も退けた。
しかし、労働安全衛生法と労働安全衛生法施行令の規定に基づく電離放射線障害防止規則の第28条「放射性物質がこぼれたとき等の措置」は、事業者に対して次のように命じている。
「事業者は、粉状又は液状の放射性物質がこぼれる等により汚染が生じたときは、直ちに、その汚染が拡がらない措置を講じ、かつ、汚染のおそれがある区域を標識によって明示したうえ、別表第三に掲げる限度(その汚染が放射性物質取扱作業室以外の場所で生じたときは、別表に掲げる限度の十分の一)以下になるまでその汚染を除去しなければならない」
これらの汚染地域を予測し、住民誘導の目安として準備されていたのが、放射性物質拡散予測システム「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)である。