期待に沿わない時は心の刀を抜く
しかしそのことが、鬱や不安や怒りなどを引き起こす場合があります。暴力的な面も大きくあります。それで「メンタル空手」という造語を考案しました。究極のフレンドリーさ、もてなし、他者の欲求を先回りすることと地続きに、そのうえでもし相手が期待に沿う行動を取らなかったら「心の刀」が抜かれるのです。シャキーンとね。
読者の皆さんのほうがよほどよくご存じでしょう。日本語話者として、メンタル空手に使うさまざまなツールを熟知しているのですから。これは言語において非常に精緻な役割を果たしていると思います。
「承認」を求めて、死ぬまで戦う
でも想像してみてください。私が気づいたのは、メンタル空手をしている状況になると人々は死ぬまで戦ってしまうということです。ヘーゲルが『精神現象学』(※)でこれについて述べています。ヘーゲルはこれを「承認を求める戦い」と呼んでいます。そして人は死ぬまで戦うのだとも。
このような「心の不安」を乗り越えるために必要なこと――それは、一種の和平条約です。受け入れて、武器を収める地帯がなければなりません。メンタル空手で今あなたを殺すこともできるが、そうはしないと。これが技の一つになるべきですね。
※:『精神現象学』ヘーゲルが1807年に著した書籍。人間の意識が、感覚から絶対知に至るまでの過程を、意識、自覚、理性、精神、宗教、絶対知の六段階に分けて解説したもの。