サルの脳内にある、顔を識別するための「定規」

ここまで脳が顔をどのように知覚するのかをステップごとに説明しました。

では、脳が知覚した顔が「本人である」「他人である」「誰々である」と判断する方法は、どうでしょうか。この本の主題である顔認証を脳内ではどうやっているかについてです。脳とコンピュータでほぼ同じものなのか、それともまったく異なるものでしょうか。

これまで長年にわたって定説とされてきたのは、人間には特定の人を見ると特異的に反応する「顔細胞」があるため、顔細胞の反応によって個々の顔を見分けられるというものです。

ところが、最近の研究により、この定説を否定する見解が出てきました。これはサルの脳の研究に基づくものです。図表3を使って説明します。

【図表3】顔からどのサルかを判断する
出所=今岡仁『顔認証の教科書 明日のビジネスを創る最先端AIの世界』(プレジデント社)

サルの脳では、記憶の中にあるさまざまな顔画像について、顔の特徴を区別するための定規のようなものがあるそうです。そして、目の前に現れた顔と、この定規が一致するのかどうかを判断しているらしいことがわかってきました。

先ほど「定規のようなもの」と書きましたが、通常の定規のように長さだけを測る道具ではなく、複数の数字を並べたベクトル量を測る定規と考えてください。たとえば、二次元座標に(x,y)=(1,1)をとれば、原点から右上45度の方向になります。

たとえば、あるサルは、別のサルAの顔に対しては、(1,1)という方向を持った定規、サルBの顔に対しては(-1,1)という同様の定規、サルCの顔に対しては(-1,-1)という定規をあらかじめ記憶に持っています。方向を持つ定規の軸(この例ではx軸、y軸)は個体差があり、共通のものではありません。

さて、この状態で、あるサルの顔を見かけたとします。すると、脳にある顔細胞が情報を加工して、たとえばこのサルの顔の特徴は(1.9,2.1)であると算出します。すでに記憶の中にサルA、サルB、サルCの定規があるので、これを当てはめていくと、サルAの定規が持つ方向と最も一致した場合、今見たサルはAであると考えられています。これが、サルの脳での処理であるとする説が有力視されている理由です。

脳の視覚情報処理には未解明な部分も多い

実は、顔認証の仕組みもほぼ同じような数式(詳しく説明すると、三角関数「サイン」「コサイン」「タンジェント」の「コサイン」に似たもの)を用いて、本人確認を行っています。これも脳とコンピュータのよく似た部分です。

脳とコンピュータがそれぞれ本人認証をするときに用いる方法に共通する部分は何か、異なる部分は何かということを中心に説明しました。

視覚情報を処理する際の脳の働きには、未解明の部分が多く残されていますが、人やサルの研究を眺めてみると、コンピュータによる本人認証と多くの共通点があることに気づかれたのではないでしょうか。ブラックボックスだと思っていたコンピュータによる認証も、脳の仕組みと共通な部分が多いとわかると、より安心して利用できるのではないでしょうか。

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