能動的に判断を行うこと自体は好ましいが、地球側とのコミュニケーションを疎かにしはじめたのは危険な兆候だ。

論文の共著者でありロシア科学アカデミーに所属するディミトリー・シェヴド博士は、仮にこの傾向が進めば、火星入植者から地球への反乱もあり得るとして警鐘を鳴らしている。実際の火星入植後、クルーが実験時以上に高度な自律性を獲得した場合、「彼らは外部の統治機構からの完全な独立を図るかもしれません。つまり、火星人が地球人に反乱を起こす可能性があります」と博士は述べる。

CNETはこの見解を取り上げ、『火星コロニーの模擬実験:惑星間の密なコミュニケーションなしではクルーが反乱に出る可能性』として記事にしている。

インディペンデント紙も論文の内容を受け、『将来の火星入植者たちがミッション・コントロールに反乱する可能性、研究結果が警告』と報じた。

ただし博士は、少なくとも地球からの資源に依存しているあいだはこのような事態に発展しにくいとも述べ、解決までに時間的余裕があるとの考えも示している。

通信がもたらす不信感

クルーが管制室と距離を置くようになったのは、長期の隔離によって孤立感や閉塞感などを感じたためではないかと考えられている。これに加え、論文を共同執筆したIBMPのナタリア・サポーキナ氏らは、通信遅延も大きな阻害要因であったと分析しているようだ。

火星は公転の位置によっては地球と非常に離れるため、通信は最大で片道20分、往復40分の遅延を伴う。SIRIUSプロジェクトにおいてもこの状況を再現すべく、管制室とシミュレーション施設との通信に意図的に5分間の遅延を挿入していた。

この結果、クルーたちは管制室から即座に判断を得られないことに不満と不信感を抱くようになり、自律的な決定を行い始めたのだという。管制室側としても推測に頼った対応を迫られることとなり、両者のコミュニケーションはますます悪化していった。実際の運用時には、管制室のサポート機能が損なわれる原因になるのではないかと懸念されている。

一方、クルー内には良い傾向もみられた。互いに人種や性別の垣根を越え、問題解決のために結束する傾向が観察されたという。過去に500日間の隔離をおこなった「Mars-500」実験プロジェクトでも、同様の傾向が確認されている。

閉鎖空間ではクルー同士の不和が懸念されるところだが、クルー対地上という構図も深刻な問題をはらんでいるようだ。

10年前に行われた「Mars500」プロジェクトの様子
当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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