なぜこのタイミングでの申請だったのか
ところが、2017年1月に事態は一変した。トランプ前大統領がTPP離脱を表明した。それによって米国を基軸とする経済、安全保障面からの対中包囲網というTPPの性格は弱まった。その後、2020年11月に中国の習近平国家主席がTPP加盟を積極的に検討すると表明した。
TPPから離脱した米国は、日豪印との外交・安全保障の枠組みである“クアッド”を整備した。9月15日には、英豪と新しい安全保障の枠組みである“AUKUS(オーカス)”も創設した。
その直後に中国はTPP加盟を正式に申請することによって、安全保障面、外交、経済面で米国との関係を重視するアジア各国などに、自国の巨大な市場を開放する姿勢を示して揺さぶりをかけたい。マレーシアやシンガポールが中国の加盟申請を歓迎したのは、中国の影響力の大きさを示している。その上、9月22日には台湾がTPP加盟を正式に申請した。今、TPPは大きな変化の局面を迎えている。
市場開放の姿勢を国際世論に印象付けたい
中国と台湾の対立は深まっている。イメージとしては、緊迫感が高まる台湾海峡のように、TPPは中国と台湾の対立激化の縮図と化している。
経済運営面から考えたTPPの意義は、多国間で競争などのルールを統一し、より効率的な生産要素の再配分を目指すことだ。しかし、中国が最も重視することは違う。それは、共産党政権の体制維持だ。そのために中国はTPP加盟申請によって国際世論を揺さぶりたい。
中国は思慮深く9月16日の申請タイミングを見定めたと考えられる。中国は簡単にTPP加盟が承認されるとは考えていないはずだ。それよりも、中国はTPP陣内に対中批判の考えを持つ国が増える前に申請を行い、切り崩しを図りたかった。
AUKUS創設の翌日である9月16日の申請は、中国が米国に対抗し、市場開放を進める姿勢を、より鮮明に国際世論に印象付けることに役立つだろう。また、その日は台湾の正式な申請前でもあった。米国の同盟国であるわが国の議長国としての任期も残り少ない。2022年には中国を歓迎したシンガポールがTPP議長国につく。国際世論に揺さぶりをかける、その上で2022年以降のTPP交渉環境を追い風にするために、9月16日はベストなタイミングとの判断が習政権にあったはずだ。