研究者の「スター誕生」ともいうべき仕組み

商業宇宙飛行時代を牽引する企業「スペースX」。その創業者はテスラを率いるイーロン・マスク氏だが、事業の発端は米国の「SBIR」という制度であることを知る人は少ない。この制度は米国のイノベーションの牽引役ともいえる重要なものなのだ。

ドイツの大手メディアの表彰を受ける米宇宙企業スペースXのイーロン・マスク氏
ドイツの大手メディアの表彰を受ける米宇宙企業スペースXのイーロン・マスク氏=2020年12月1日、ドイツ・ベルリン

1982年に始まった「SBIR(スモール・ビジネス・イノベーション・リサーチ)」は、研究者の「スター誕生」ともいうべき仕組みだ。研究者はまず研究テーマを応募する。ここで採択されると最大15万ドルの賞金がもらえる。

次に賞金をもとに研究を進め、半年後に「実現可能」と評価されると、最大150万ドルの賞金が渡される。

さらに2年後に「実用化」に成功すれば、第3段階として製品の政府調達とともにベンチャーキャピタルを紹介してもらえる。

「日本版SBIR制度」が失敗した根本原因

米政府は外部委託研究費の3.2%をサイエンス型ベンチャー企業の育成のために37年間使うことを法律で義務づけている。これまで400億ドル以上の国税を投入し、6万人以上の研究者をイノベーターにして、3万社を超えるサイエンス型ベンチャー企業を誕生させている。

スペースXはこのSBIR制度から生まれた。アップルが採用した音声認識技術を開発したSiri(シリ)もそうだ。携帯通信大手のクアルコム(1985年創業、従業員1万7500人)、世界2位の大手バイオ製薬会社ギリアド・サイエンシズ(1987年創業、従業員1万1000人)、ロボット掃除機のアイロボット(1990年創業、従業員455人)などもSBIR制度の成功事例だ。

さらにこのSBIR制度を支えるものとして、博士号を持ち研究経験のある連邦政府の「科学行政官」の存在がある。科学行政官は革新的イノベーションに関する技術課題を提示し、それに共鳴した研究者たちが「スター」を目指してその課題克服に挑戦する。その間、科学行政官はこうした「金の卵」に助言やサポートをしながら育てていく。このため「イノベーション・ソムリエ」とも呼ばれ、若い研究者の憧れの的となっている。

spacex社
写真=iStock.com/Jorge Villalba
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こうした成果を踏まえて、日本でも1999年に「日本版SBIR制度」が創設されている。2019年度には中小企業・ベンチャーに対して460億円の補助金が出た。しかし成果は芳しくない。中小企業庁の資料によると、SBIR制度として採択し、支援した企業のほうが、採択されなかった企業よりもその後のパフォーマンスが下がっているといった指摘すらある。

日本版SBIR制度の課題を踏まえ、内閣府は2020年に破壊型イノベーションを生むための「ムーンショット型研究開発制度」を始めている。これは支援に「ステージゲート」と呼ばれる段階があり、米国のSBIR制度に近い。だが、日本には、米国の科学行政官のように技術の目利きができ、研究者と企業・投資家などを結ぶ仲介者がいない。このため、これも実質は「補助金」制度にとどまっている。