科学の本質である空想力と連想力が楽しめる
『寺田寅彦随筆集』の魅力
ところで、今回紹介した作品の多くは海外のものです。実は前述の「博物学」という意味では、幅広い視点から一つのテーマを描いた本が日本には少ないという印象があります。
西洋においては、科学の専門分化が進む以前に、大航海時代に代表される「博物学」の時代がありました。さらにその前には古代ギリシャでの自然哲学の時代を通り抜けてもいます。つまり、科学とはまさしく「分科した学」であったわけです。
対して明治期に急速に近代化した日本では、すでに専門分化した状態の科学を受けいれました。「博物学的」な科学書が少ないのは、そんなところに理由があるのかもしれません。
その中で例外として挙げられるのが寺田寅彦の作品です。
彼は物理学者であると同時に、映画論や絵画論を書き、ヴァイオリンまで弾く文化人。古典文学にも造詣が深く、また、物理学だけではなく生物学や生態学に対しても意見を言う。日本人では珍しいタイプの科学者でした。『寺田寅彦随筆集』に「からすうりの花と蛾」という、彼の特徴がよく出ている作品があります。
烏瓜の話題から随筆を始める彼は、そこに集まる蛾に注目します。そして蛾は赤外線を感知するから、赤外線センサーをつくれるだろうと考え、それを戦争についての思考へと繋げていきます。さらに蛾を叩き飛ばす猫から時間について語り、さらに今度は……と次々と話を展開し、ついには絵画論に至るのです。それらの話はすべて論理的に繋がっています。
ぼくはこの随筆がとても好きなのです。なぜなら、こうした連想力や空想力こそは「科学」の本質だと思うからです。アイデアや思いつきがどこまでも展開していく広がり、そして様々な分野や事柄が重なり合っていく過程に触れること。科学書を読む大きな喜びだと言えるでしょう。