子どもに生き抜く力を身につけさせるには何が必要か。東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授は「子どもには適度な“壁”が必要だ。現代の日本ではそれが不足している。それは子どもの能力を奪いかねない」と指摘する――。

※本稿は、中邑賢龍『どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

窓の外を眺める小さな姉妹
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ぬるま湯のような環境が「学ぶチャンス」を奪っている

今学校に適応できていて、学校生活にまったく問題がないように思える子どもも、「未来を生き抜く力を身につけているか」と考えると、心配になります。

現在の日本の社会は、安心・安全かつ高齢化を見据え、その意味で成果を上げていると思いますが、反面、ぬるま湯のようになった環境で子どもが育つのは、彼らが本来持っていた危機感知や対応力を学ぶチャンスを奪ってしまうように思えます。

たとえば筆者が子どもだった時代を思い出せば、頻繁に停電しましたし、機械類もよく止まりました。でもそんな体験は、今の日本の子どもたちの毎日から消えつつあります。そして、そうした社会の変化が、結果として子どもの能力を奪いかねないのです。

どんなにリアルなゲームにも「空気、湿気、匂い」はない

ベネッセ教育総合研究所の「放課後の生活時間調査」によると、子どもが外に出て活動する時間が減少しているそうです。塾などの習い事の増加で自由時間が減っているのはもちろん、ゲームやYouTubeのように子どもを引きつけるツールが家庭に入ってきていることも大きく影響していると考えられています。

それに加えて、足元では新型コロナウイルスの流行もあるでしょう。

子どもたちは、未曾有のトラブルの中、現実世界での生活を意識しにくい状況に追い込まれています。加えて誰かが撮影した映像で、あるいは、ゲームの中の空間で、外に出て活動した気持ちになれるほど、リアルに近い、素晴らしいコンテンツも多くあります。

しかし、もちろんそれらは空気や湿気、匂いなどを届けるまでに至っていません。

そんなものは必要ないと言われるかもしれませんが、地球の上で、現実世界の中で、自然を意識しながら生活する、その経験を失っていくのはとても恐ろしいことと言えます。「自然環境を守ることが大切だ」と言われても、外に出たことのない子どもたちに、その実感はないでしょう。これは外に出る必要が減っている先進国ほど、抱えがちな問題なのかもしれません。