軍事費の額面だけで単純比較するのは難しい
このように、軍事費の長期的なトレンドの中で2020年に特徴があるとすれば、それは新型コロナ流行とは別のところにあるだろう。
そこで本稿では、ネット上で誰でも閲覧可能なデータから、世界の軍事費のトレンドを把握し、過去の傾向を踏まえた上で2020年の軍事費増大について、特筆すべき点があるかを探っていきたい。
本論に入る前に、軍事費についての考え方の違いについて触れたい。というのも、国によって軍事費の考え方が異なり、公表されている軍事費の額面だけでの比較は難しいからだ。
例えば、公表されている中国の国防費の中には、海外からの武器購入や研究開発費は含まれておらず、実態はもっと大きいと考えられている。
また、日本では海上での警察・救難活動を海上保安庁が担っているが、こういった活動を海軍が行う国は珍しくなく、日本も戦前は海軍の所管であった。日本の防衛費に海上保安庁の予算は含まれていないが、各国の軍事費を比較する場合、これを含めるか否かは問題になるだろう。
リーマンショック後も軍事費は増大していた
各国の制度に合わせ、こういった検討を行うのは個人では難しい。そこで、国際的に評価が高い軍事問題シンクタンクである、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表しているSIPRI Military Expenditure Databaseを使い、各国の軍事費について比較してみよう。
まず、新型コロナ流行に伴う景気後退にもかかわらず軍事費が増大した件だが、これは意外なことだろうか? 新型コロナ流行以前に世界経済に大きな影響を与えた出来事といえば、2008年9月のリーマンショックがある。
景気後退が軍事費に影響を与えているのであれば、リーマンショック後に軍事費は減少しているはずだが、実際にはそうはなっていない。
この時期の世界の軍事費総計を見てみると、2008年は1兆6390億ドル(2019年の米ドルレート・貨幣価値に換算)、翌2009年は1兆7540億ドル、2010年には1兆7900億ドルと、リーマンショック後も増大を続けているのが分かる。
タイに端を発し、アジア各国、そして世界に波及した1997年のアジア通貨危機ではどうだろうか。世界の軍事費は1997年に9870億ドルだが、翌1998年には9700億ドルと、減少を見せている。
しかし、この頃は冷戦終結に伴う軍縮ムードがまだ続いており、元々減少傾向の最中にあった。1998年は前年比で2%を切る下げ幅だが、1995年は5%近い下げ幅だったことから見ても、通貨危機だけが要因ではないだろう。
なお、SIPRIのデータがある1988年以降、世界の軍事費が1兆ドルを下回っていたのは1996年から1999年の4年間だけで、1998年の9700億ドルを底にして、以降は上昇に転じており、この傾向は今もなお続いている。