一口に「考える」といってもさまざまな方向性がある

「わからない」と思ったことについて考え込んだ経験は、誰しもあると思います。僕自身もよく考え込んでしまうことがありましたが、なかなか答えが浮かばないまま、もどかしい時間を過ごしました。

しかし、それは本当に効率よく考えていたのでしょうか? わからないことを考えると言っても、これは非常に難しいことです。事実、「わからない」と頭を抱え、首をひねりながらも、実は知らず知らずのうちに考えているポーズを取っているだけになっている人というのは非常に多いのです。今回は「わからない」と頭を抱える前、つまり「考える前に行うべき必須の準備」についてお伝えします。

そもそも、「考える」時に、私たちの頭の中では何が起こっているのでしょうか? いったい何をすれば「考えた」ということになるのでしょうか?

「考える」と一口に言っても、さまざまな方向の思考があると思います。例えば、新規企画の立ち上げ時にみんなでブレストをする時などは、「新しい情報をひねり出す」という方向の思考になるでしょうし、何か自分にはわからない情報について頭をひねる時には、「ある不明な情報の分析を行い、理解を試みる」という方向の思考になるでしょう。

少なくともこの時点で全く性格の異なる二つの「思考」が出てきました。二つ以上の性格の異なる物事について一言で詳細に定義するのは至難の業ですから、一言で全ての思考を定義することは難しい、もしくは定義がアバウトになりすぎるであろうことがわかります。

ですから、ここからはあえて「わからないことを分析して理解する」という思考に絞って、「考える」という行為を定義していきます。例えば、次に書く英文の解釈を元にしながら、「わからない」の求め方を考えてみましょう。

多くの人は「自分が何をわかっていないのか」を把握できていない

さて、突然ですが今からみなさんにクイズを出します。以下の英文を和訳してみてください。

“Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo.”

……どうですか?わけわからないと思われた方が大半なのではないでしょうか?例え『どこがわかりませんか?』と聞かれても、『わからないところがわからない』と答えるような状態だと思います。

ちなみに、この文章は「バッファロー市のバッファローがいじめているバッファロー市のバッファローは、バッファロー市のバッファローをいじめる」というように和訳することができます。しかしこれ、どのように考えればこの答えに辿り着くことができるのでしょうか? アプローチの方法としてパッと思いつくのは、「考える」か「調べる」かですが、しかしわからないからと言って、やみくもに考え始めたり、調べ始めたりしても時間を無駄にしてしまう場合が多いです。

きっとGoogle翻訳にかけてもDeepL翻訳にかけても、上記した英文の正確な意味を取ることはできませんし、単語単位で調べようと辞書を引いても、文法書を開いても、きっと時間を無駄にしてしまいます。

一体、なぜこの文章の訳はこんなに難しいのでしょうか?それは、おそらく多くの人が「自分が何をわかっていないからこの文章が読めないのか」を理解していないからです。『わからないところがわからない』。この訳が難しい原因は、これなのです。