ジャーナリストvs権力者という構図
陰謀論の魅力とは、「人々が知らない何か(人や集団)が結果を左右している、あるいは世界を動かしている」ということを暴露することにあります。「知らないこと」が結果に影響しているという点では、本章で説明している構造化理論と一緒に聞こえますが、内実は全く逆です。
陰謀論では、世界を動かしているのはあくまで誰か(たとえばユダヤ人、ロスチャイルド家、大統領、NASA)の「隠された意図」なのです。
ですから、陰謀論が想定する意図と結果のつながりを明らかにするのは、隠された情報へのアクセスとその暴露です。映画『カプリコン・1』では、NASAの有人火星探査の捏造という陰謀を暴き出したのは科学者ではなく、ジャーナリストでした。
権力を持つ者が策謀し、権力に抗う存在の象徴であるジャーナリストがそれを暴く、という構図です。
わかりやすさの罠
陰謀論では、権力によって人・組織の意図と結果の強いつながりは隠されていますが、その構図は非常にシンプルでわかりやすいものです。ここに陰謀論が映画でも政治でも人気である理由があります。
人々は、わかりにくい緩いつながりを地道にがんばって認識し理解するよりは、わかりやすい善悪二元論を好むからです。これはシンプルに合理的な傾向であって、要するに人々は「考えること」「調べること」にかかるめんどうくさい作業をしたくない、つまり「思考にかかるコストを削減したい」わけです。
もちろん、社会科学はこのわかりやすい図式から慎重に距離を取るべきです。なにしろ、研究者とはまさにこの思考コストを支払うことが仕事なのですから。
「意図的でない原因」を説明するのが科学
20世紀を代表する哲学者の一人、カール・ポパーもしばしば陰謀論の問題を取り上げています。ポパーは、陰謀論的な考え方と社会科学の関係について、次のようにクリアに論じています。
……もちろん、われわれはある目標を心に描いて行動する。しかし、これらの目標とは別に、我々の行為の欲せざる結果がつねに生じる。……なぜそのような結果を除くことができないかを説明すること、これが社会理論の主要な課題なのである。カール・ポパー『推測と反駁』(藤本隆志他訳、法政大学出版局、1980年)。(邦訳200ページ)
このように述べつつ、ポパーは社会科学者に向けて「出来合いの陰謀論で社会科学に接近する人々は、そうすることによって、社会科学の課題が何であるのかを理解する可能性をみずから否定してしまっている」(201ページ)という警告を発します。
このメッセージは、間違いなく重要なものです。ですが、ここではもう一歩踏み込んでみたいと思います。