草彅剛主演の映画『ミッドナイトスワン』は、高い評価を得て話題になっている。一方で、コラムニストの河崎環さんは、作品で描かれる美しくエモすぎる性的マイノリティの像に違和感を覚えるという。日本社会が“少数派”を普通に受け入れる日はいつになるのだろうか——。
哀しくも美しい演技
草彅剛主演の映画『ミッドナイトスワン』。公開から1カ月以上がたった今も、SNSには多くの観客による感動の声が流れていく。
「今年一番の映画」「帰りの電車で涙が止まらなかった」「数日たってもふと思い出す。間違いなく傑作だ」……。その熱量を見れば、この映画が確実に心を動かした観客の存在を否定することはできないだろう。草彅剛が見せるトランスジェンダー像の美しさに、各界から絶賛が集まっているそうだ。
私も公開直後に映画館へ足を運び、トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)役を演じた草彅剛の哀しく美しい姿に心を奪われた。トランスジェンダーとしての所作は、自身もトランスジェンダーで男性に女性の所作を指導する「乙女塾」アドバイザー・西原さつきによるもの。西原が実体験と研究の中で蓄積したスキルから生まれる演出は、以前NHKドラマ『女子的生活』で志尊淳への指導に発揮された完成度の高さそのままだった。それは、トランスジェンダーがなりたいと思い描く、どこか架空の女性の姿でもあるがゆえに、目が離せぬほどに切ない妖艶さを放つ。
幸せになれない同性愛者というステレオタイプ
主演の草彅剛をはじめ、他の全ての役者たちの人物理解と努力、みごとな輝きがスクリーンいっぱいに広がる。カメラも渋谷慶一郎の音楽も、非の打ちどころなく全部いい。……ただ、それでもこの“絶賛の嵐”に乗り切れない私がいる。
それは、「いま性的マイノリティを描くのに、本当にこの物語で良かったのだろうか?」という脚本への疑問が、映画を観終えて以来ずっと脳裏にわだかまっているからだ。幸せになれない同性愛者という、手垢のついたメロドラマにしばしば邪魔をされ、ステレオタイプな人間観に興醒めしてしまうのである。「言いたいことは理解できるが、語り方に賛成できない」という感情でエンドロールを見終え、席を立った。