高校入試廃止、名門校解体という荒技
日本と同様に天然資源に乏しい韓国は、人的資源を拠り所としている。ところが人材育成につぎ込める国家予算には限りがある。それならどうするのか。少数のエリートに集中投資する「早期英才教育」と「選択と集中」が、韓国の人材育成の戦略方針である。
たとえば、韓国ではスポーツは選ばれし者がするものであり、早いうちからスポーツ選手を目指す生徒は、全国に設置された体育中学、体育高校に進学する。競技の裾野を拡大して、広く才能を育てようという長期的な視点には立っていない。優れた才能や資質を持つ生徒を早期に選抜し、世界レベルまで水準を上げるために猛烈な英才教育を行う、短期集中育成方式である。
こうした早期英才教育は、国家の命運を握るとして重視する科学技術分野でも同様である。韓国政府は1983年に初の科学高校を設立して以降、科学技術分野の人材育成のため全国に科学高校を設置してきた。現時点で20校、すべて国公立だ。
他方で韓国の教育理念は、先述したエリート教育とは相反するが、「平等」「公平」であることを何よりも重視してきた。そのため、政府は1974年に高校標準化制度を導入した。一部の地域を除き高校入試を廃止し、受験名門高校を一気に解体するという荒技を講じたのだ。学校間の水準格差を埋めることで、教育機会を公平にしようとする政策であった。
科学英才高校、英才学級、英才教育院
生徒は学力に関係なく、地域ごとに編成された学区内にある高校に進学するよう、機械的に割り振られる。かつての名門校は名前だけが残り、各高校は学力差がある生徒を指導しなければならなくなった。
この結果、全国の高校の学習指導は中間層の学力にあわせたものとなり、トップレベルの生徒の意欲減退や学力低下が問題となった。そこで考え出されたのが、科学高校のような英才教育機関を別途設置し、トップレベルの英才だけを集めて教育するというシステムである。
2000年には「英才教育振興法」を制定し、エリート教育をさらに強化した科学英才高校を6校、新設した。また、英才児として選抜された小学生、中学生、高校生が放課後や週末、夏休みなどに特別教育を受ける「英才学級」や「英才教育院」も全国に設置した。こうした英才教育にかかる費用はすべて無料で、税金による負担である。特定の生徒に特別な恩恵を与えることの是非が問われたことはない。
科学英才高校は、科学の神童の早期教育が目的であり、中学1年生から受験が可能である。生徒は寄宿舎で共同生活を送る。高度な専門教育を行い、専門教科の単位は大学の単位としても認定される。
外国語高校から医学部、理系学部へ
科学高校のほかにも、外国語のエキスパートを育成するという目的で設置した外国語高校、エリート養成を目的に企業の創業者が私財を投じた自律型私立高校などの特殊高校がある。これらの学校には、独自の入試による選抜が許可されている。
自律型私立高校は、政府からの補助金が支給されないかわりに、独自の教育カリキュラムや学生選抜が許可された学校である。パステル乳業(当時)の創業者が設立した「民族史観高校」やハナ金融グループが設立した「ハナ高校」があり、教育過程の多様化を通じて人的資源の国際競争力を高めるという名目で、2010年以降の李明博政権期に一気に増えた。
1996年に設立された民族史観高校は、国語と歴史以外はすべて英語で授業が行われ、毎年米国の名門大学に数十人の合格者を出すスーパーエリート校である。
外国語高校や自律型私立高校に所属する生徒は、高校生全体の0.1%に満たないにもかかわらず、韓国トップのソウル大学校合格者の約4割を独占している。外国語高校から医学部や理系学部に進学する生徒も多く、外国語のエリート養成という本来の趣旨と乖離したスーパー進学校と化している。
わが子をこれらのエリート校へ入学させたいと夢見る親は多いが、合格するには家庭の文化資本や経済力がものをいい、ソウル大学校に合格するよりも難関だといわれている。99.9%の人びとにとって、望んでも手が届かない別世界の学校でもある。