毎回30分かけて、流動食をスポイトで口に入れていた

「X病院の先生はどういう診断でした?」
「いろいろな可能性があるって仰っていました。脳の異常かもしれないし、染色体の異常かもしれないし、腕を動かさないので筋肉の病気かもしれないと。だから血液検査はもちろん、脳のMRIも撮って、染色体の検査もやりました。レット症候群かもしれないとも言われました」
「レット症候群……腕に力が入らないからですね。つかまり立ちができなくなったことも考慮したのでしょう」
「でも、結局、いろいろな検査をしても何も異常が見つからなかったんです。入院中、ミキはぜんぜん食べなくなって、私はスポイトを使ってテルミールという濃厚流動食を口に入れていました」
「その間、ミキちゃんは腕をダラリと?」
「そうなんです。毎回30分かけて飲ませていました」
「では、ぜんぜん事態が改善しませんね? それでどうしたんですか?」
「小児科の先生が、大学病院の小児外科の先生に相談したんです。小児外科の先生が診察をしてくれて、二つの方法があると。一つは鼻から十二指腸まで栄養チューブを入れて、そこから栄養を入れるという方法です。もう一つは手術で胃瘻を造って、胃瘻から栄養を入れるという方法です」

私も大学病院で小児外科医をやっていた頃は何度も胃瘻を造ったので、その説明は分かるなと思いました。お母さんが続けます。

胃瘻の手術5日前に、病院食を食べ始めた

「でも鼻からチューブを入れてもおそらく抜かれてしまうだろうという理由で、胃瘻の手術をやることに決まったんです」
「そうなんですね」
「ところが手術予定日の5日前に、ミキは病院食を急に食べ始めたんです。それで手術は中止です」
「じゃあ、それがきっかけで退院に?」
「そうです。でも、退院してからも、スポイトでテルミールを飲ませていました。原因不明のまま退院して、X総合病院の外来に通院していたところ、大学病院から小児神経が専門のベテラン先生が来てくれたんです。その先生にこれまでの経過をすべてお話ししたら、その先生は、ミキは自閉症だと言うんです」
「そうでしたか。食べないのは極度の偏食だったのかもしれませんね。自閉症の子に偏食はよく見られますが、ここまで食べない子は珍しいですね。手をダラリは?」
「先生が仰るには、手の感覚過敏だろうと。手に物が触れるのがイヤだったのでしょうと言われました」
「じゃあ、ようやく診断が付いたんですね? それが……」
「2歳7カ月です」
「つらかったですね」
「自閉症と言われたときは、つらかったと言うよりも、腑に落ちたという感じです。ある意味で安心しました。これで対策が立てられると思ったんです。知的障害のことも言われましたが、がんばればいつかは追いつけると考えることができました」

私はうなずいてお父さんに尋ねてみました。

「ご主人も同じ気持ちでしたか?」

お父さんは優しい表情でミキちゃんを抱っこしたまま「ええ」と答えました。お母さんが言葉を繋ぎます。

「苦しかったのは入院中です。この入院生活がいつまで続くのかと不安でしかたありませんでした」

私はつい話が長くなってしまったことにふと気づき、薬を処方して「のんびり通ってください。またお話を聞かせてくださいね」と言って、その日の診療は終わりにしました。