「アラブの春」以降は対立を深めてきた

イスラム教スンニ派大国のサウジとシーア派大国のイランは時々の情勢で融和と対立を繰り返してきたが、11年の中東民主化の動き、いわゆる「アラブの春」以降は対立を深めてきた。元凶の1つはアメリカが嘘を並べ立ててイラク戦争を仕掛け、サダム・フセインを排除したことだ。イラクでは少数派のスンニ派フセイン政権を倒して、アメリカ推奨の「民主的」な選挙を行った結果、当然のごとく、多数派のシーア派が勝利した。サウジとしては国境を接する脇腹の国がシーア派の国に変わって、イランの軍事支援まで受けるようになって一気に脅威が増大した。

アラウィー派(シーア派の分派)のアサド大統領が支配するシリアではサウジが反体制派を支援しているが、ロシアとイランがバックアップする政府軍が優勢。イエメン内戦では逆にサウジが暫定政権側について軍隊を派遣し、イランが支援するシーア派民兵組織のフーシ派と泥沼の戦いを繰り広げている。またサウジやUAEと断交しているカタール、20年8月に爆発事故があって政情不安なレバノンなどの周辺国にもイランは影響力を浸透させて存在感を高めてきた。イスラエルのレバノン侵攻を阻止するために生まれたシーア派武闘派組織ヒズボラは、パレスチナ支援の名目でイスラエルとは今日でも戦闘を繰り返している。

サウジをはじめ湾岸アラブ諸国はイランの脅威を食い止めたい。一方、イスラエルにとっても自国を敵視して核開発を進めるイランは今や中東最大の脅威。つまり、「敵の敵は味方」という関係性がサウジとイスラエルの間にも成り立つのだ。

長らく中東情勢は「イスラエルvsパレスチナ」「イスラエルvsアラブ」「ユダヤvsイスラム」という対立構図で語られてきた。しかしテロに走ってでもパレスチナ問題を訴えるような勢力は弱体化して、パレスチナ人の中には「イスラエルと戦っても敵うわけがないし、土地も返ってこない。仲良くやってハイテクを学んで起業でもしたほうが得だ」と考える若者が増えている。トランプ大統領がテルアビブからエルサレムに在イスラエル大使館を移したときも、メディアは騒いだが現地ではたいした反発もなかった。

アメリカ大統領は就任演説でパレスチナ和平に触れて取り組みを誓うのが通例だが、どの大統領も実現できなかった。現在の政権の中東政策顧問であるクシュナー氏はパレスチナを交渉相手にする気もなく、イラン包囲網を築くために中東を飛び回っている。

「イスラエルvsパレスチナ+アラブ」「ユダヤvsイスラム」という構図はすでに過去のもので、「シーア派vsスンニ派」「親米アラブ諸国+イスラエルvsイラン」という対立構図に明らかに移ってきているのだ。そういう構図から見れば今回の「歴史的成果」は現状の追認、サウジとイスラエル国交の先駆け、と捉えたほうがいいだろう。

(構成=小川 剛)
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