「武漢市内にとどめよう」という当局の強い意志

高熱の患者とそうでない患者が接触する状況を一刻も早く解消する必要があった。「熱が37度3分以上の患者は市内の指定の病院で集中して受け入れよ」。武漢市当局の指示を受け、指定病院では高熱の患者の動線を分けるための急ごしらえの工事が始まった。ヘルメットをかぶった作業員たちが板と材木で即席の仕切りを作りはじめた。

武漢市で新型ウイルス対策の陣頭指揮を執る「新型肺炎防止コントロール指揮部」は24日に通知を出し、まずそれぞれの社区で発熱患者の分類をして、診察が必要な人がいれば車を手配して指定の病院に送り届けるよう求めた。「指定された発熱外来はいかなる理由があっても病人の受け入れを拒否してはならない」としている。同日の武漢市の会議では「感染の疑いがある患者は無条件に受け入れるようにする」と確認した。つまり、それだけ病人が診察を受けられない状況が拡大していたということだ。

この会議では「医薬品や医療機器の生産の保証に全力を尽くす」ことも申し合わせている。市内では薬や治療機器が足りなくなっていたのだ。また、「高速道路の出入り口から小さい道まで、武漢を離れるルートをしっかり規制し、断固として感染が外に拡大しないよう阻止しなければならない」と強調しており、とにかく新型ウイルスを武漢市内にとどめておこうという当局の強い意志がうかがわれた。

65歳の母親は死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいた

そうしている間にも、まともな治療が受けられずに死亡する患者が増えていった。華南海鮮卸売市場の近くに住むタクシー運転手は、1月20日に65歳の母親が発熱した。共同通信に対する運転手の証言によると、病院に行くと1000人以上の患者が行列を作っていた。連日、母親に付き添って10時間以上並んだが、注射すら打ってもらえない。隣町の病院を目指したものの、警察官が交通規制を理由に阻止した。思わず「人殺し」と叫んだ。何カ所もの病院に受け入れを拒まれ、2月8日に死亡。死ぬ間際に「喉が渇いた」とつぶやいたという。

武漢市の男性の69歳の母親は2月1日に発熱。肺炎症状があり入院が必要だと診断されたが、医師からは「病床がない」と告げられた。救急車を呼ぶと「忙しい」と言われ、警察には「所管外」と突き放された。別の病院に行くと、多くの横たわる患者で床が埋め尽くされていた。母親はその日のうちに急死したという。

このように診察が受けられずに死亡した人は、新型ウイルスに感染していたかどうかも分からないので、死者の統計には含まれていない。市民らの証言によると、流行初期の混乱の中で、こうした統計外の患者や死者が多数いたとみられる。

また別の市民の証言によると、市内の病院は新型ウイルス患者の治療だけで手がいっぱいになり、他の病気やけがの診察がほとんどできない状態に陥った。外来受付が軒並み閉鎖されていたという。「私の周りでも、心疾患の治療が受けられずに親族を亡くした人がいた。同じような人がたくさんいる。こういった死者も新型ウイルスの犠牲者だ」と話した。