職人を過度に礼賛し、社用族は「味のわからないバカ」扱い

【職人は全員が善人である、と描いている】

郷土料理とファストフードの関係性にも表れているが、個人経営の店については全面的に善人扱いをしている。取材をさせてもらっているのだから仕方がない面はあるにせよ、「職人」の立場であればエライ、という描き方は安直すぎる。意識の低い自炊人をもっと礼賛してもいいのでは。

もちろん「恥ずかしい料理自慢対決」といった回はあり、作者が意識の低い自炊を一概に貶めていないことは理解できるものの、社会的評価の高い料理人への評価が高すぎるきらいがある。加えて、いわゆるバブル時代の「社用族」のことを一切味がわからない人間扱いしているが、私が勤めた博報堂の先輩が連れて行ってくれた店はいずれもおいしかった。電通の人だって別に味音痴というわけでもないと思うのだが……。

【牡蠣と白ワインは合わない】

これについても、作中で何度も登場している。確かに、世間でいわれているほどには合わないかもしれないが、そこまで批判すべきものだろうか。「自分で味の判断もできずに、定番的な組み合わせをありがたがるヤツはバカだ」と主張したいのだろうし、一度くらいはネタにするのもよいだろうが、やり続けるのはもはや私怨としか思えない。

とある超高級スッポン鍋を大絶賛

【スッポン鍋はコークスの高温で煮るからこそおいしい】

340年超の歴史を誇る京都のスッポン鍋の名店「大市」の作り方をベースに、スッポン鍋について触れた回がある。そこでは「1600度の高温で一気に炊き上げるコークスを使用するからこそウマい」的なことが述べられている。それ以外のスッポン鍋は認めないほどの勢いだ。

私は「ふるさと納税」で大分県中津市の“耶馬渓のスッポン鍋セット”をときどき取り寄せるが、これで十分にウマい。作者は「大市」にホレ込んでいるから手放しで絶賛しているのだろうが、私が同店を訪れた際はそこまで感動はしなかった。

同店の「○鍋(まるなべ。スッポン鍋のこと)」には、調味料以外はスッポンと生姜しか入っていないと『美味しんぼ』は述べる。だが、私は正直なところ、スッポンと一緒に白菜や春菊なども食べたいと感じたのだ。「いやいや、340年の歴史をなめないでください。スッポンはそれだけで食べるのがいいのです」といいたい向きもあるだろうが、「野菜が食いてぇ~」と思う人間がいることも許してほしい。柚子胡椒を添えて、焼き豆腐や白滝あたりも箸休めで食べたいよ、とも思った。

ネットで同店のレビューを見ると、『美味しんぼ』での絶賛もあってか、歴史と伝統と値段の高さに「まいりました!」とホメ称えるコメントだらけである。ちなみにメニューは1人前2万4500円のコースのみで、先付としてスッポンのしぐれ煮が供された後、2回にわけて○鍋が出て、雑炊、香の物、果物と続く。

なお、『美味しんぼ』には大分県日田市の三隅川のスッポンこそ味が濃くて最高、という記述があるが、「大市」が浜名湖の養殖スッポンを使用していることが明らかになってからは、養殖容認方向に路線変更している。こうした点にも妙な権威主義と忖度を感じるのである。