シリア政府が日本側に提案した条件
「内務省の判断はありがたいですが、大使から帰国を命じられています」
「帰国命令なんて人が作ったものだ。何とでもなるだろう。昨日の暴力については内務大臣が特別に許すということだ」
「でも、私は日本政府から派遣されています。大使から帰国を命じられたのに残るわけにはいきません」
これを聞いたハンマミエは再度、内務省に電話し担当部局とやりとりした。ハンマミエは姿勢を正し、緊張しながら応対している。電話を切った校長が岡本に言った。
「日本大使がOKなら、いいのだね。今からムハンマド・ラバハ・アルタウィル大臣が大使の了解を取り付ける。君はシリアに残って空手を教えなければならない」
こんなことのために内務大臣がわざわざ大使に電話までするのか。席を立つわけにもいかずハンマミエと雑談していると、内務省から連絡が入った。大使は岡本の残留を了解したという。
岡本を残すためにシリア政府は日本側にこう提案している。今後、岡本がシリア国内で暴れても、日本政府の責任とは考えない。加えて、岡本がシリアでの任期を終えて帰国するときはシリア側が旅費を持つ。そして岡本には、「今後、日本大使館には迷惑をかけない」と書面で約束させる。この条件を提示され、日本側も納得せざるを得なかった。
3人だった道場の生徒が100人に
3日ほどすると顔の腫れもひいた。岡本が警察学校の道場に入ると、その光景は以前と全く違うものになっていた。生徒は約100人に増えていた。国家警察の将校や特殊部隊員も加わっている。聞けば、内務省から岡本の指導を受けるよう指示があったという。
道場の雰囲気も一変している。岡本が姿を現すと校長のハンマミエが、「モダリブに礼」と言い、生徒たちがぎこちないながらも頭を下げた。つい先日まで、「頭を下げるのはアラーに対してだけだ」と言っていたのがうそのようだ。
ピーンと張り詰めた道場で指導をしながら、岡本は発想の転換が必要だと思った。日本人相手にやっていた方法でここの人たちを指導することはできない。この地域に合った指導法を作り上げる必要がある。日本ならば暴力的だ、規則に反していると厳しく指弾されるであろうあの乱闘、大立ち回りが、この国では「空手は強い。実戦的だ」という評価になる。
ルールや規則よりも実際の力を重視する。それがアラブなのだ。