初の労災認定となった2009年5月の東京地裁判決

部下からの中傷が原因で上司がうつ病になり、その結果自殺したのは労災にあたる――これは2009年5月の東京地裁の判決です。過去には上司から部下へのいじめがパワーハラスメントとして労災認定や訴訟につながった事例はありますが、部下のいじめによる「上司」のダメージが労災と認められたのは、これが初めてです。

事の発端は、飲食会社で料理長を務める男性(上司)について、部下が「社員食堂の食券を再利用して差額を着服した」「セクハラをした」などと書いた中傷ビラを、会社の上層部に送りつけたことでした。さらにその後の会社の対応が、本来は被害者である上司側に心理的な圧迫を与えたため、うつ病から自殺へと至ったものです。

図:今年度から、労災認定の基準が緩やかになった
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図:今年度から、労災認定の基準が緩やかになった

厚生労働省の調査でも、職場のいじめ、嫌がらせが年々増加しているのは明らかですし、景気悪化とそれによる雇用不安で働く人たちは心の余裕を失っています。

そうした状況を踏まえて2009年4月には、労災の認定にあたり、労働者の職場における心理的負荷のあり方も見直されました。もはや上司・部下に関係なく、人格否定的ないじめ・嫌がらせは許されず、それが原因で精神疾患や自殺に至れば、労災認定の対象になると考えるべきでしょう。

実際に精神疾患や自殺が労災として認められるには、業務に起因する心理的負荷があったという裏付けが必要になります。タイムカード、人事評価表、健康診断の結果など、会社側から提出されるものとは別に、被害者側が用意するものとして、日記や医師の意見書などがあります。また、本人の死後、遺族が周囲に聞き取り調査をして集めた証言も実効性があります。

なお自分で記録をとる際には、嫌がらせを受けた日時、場所、居合わせた人を明記し、それをどう感じたかなど、「事実」と「心理」を併記することが大切です。

また嫌がらせを受けたら、会社の相談窓口や都道府県の労働相談を利用することもお勧めします。状況の改善に役立つだけでなく、相談した事実がのちに証拠にもなるからです。同様の理由から、「うつ病かもしれない」と思い始めたら、早めに医療機関の診察を受けたほうがよいでしょう。

さらに、部下のいじめだけでなく、問題が起きたときの会社の対応が心理的負担となることもあります。冒頭の事例でも、中傷を受けた社員に対して、厳しく事情を問いただすなど、会社の対応が不適切であったことも指摘されています。

職場のいじめ、嫌がらせに対する企業の取り組みは、いまだ後手に回っているという印象がぬぐえません。個人の問題であり、当事者同士で解決すべきだと誤認されることも多いようです。しかし、職場のいじめがエスカレートすれば、加害者の従業員は、不法行為(民法709条)によって損害賠償責任を負うことが考えられますし、会社も使用者責任を問われるでしょう。セクハラ同様、会社として対応するという認識をきちんともつべきです。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=石田純子)