反社勢力と結びつきそうもない「普通の人」が、なぜ薬物に手を染めるのか。元厚労省麻薬取締官の瀬戸晴海氏は「日本は『アジア最大の覚醒剤マーケット』と呼ばれ、薬物汚染が深刻化している。日本人は薬物に対する警戒感や危機意思が足りない」という——。

深刻化する日本の「薬物汚染」

——麻薬取締官について、教えてください。

元厚労省麻薬取締官の瀬戸晴海氏
元関東信越厚生局麻薬取締部長の瀬戸晴海氏(写真撮影=渡邉茂樹)

厚生労働省の麻薬取締部(通称マトリ)は、薬物の取り締まりを任務とする国の捜査機関です。麻薬や覚醒剤などの違法薬物の取り締まる専門家集団で、300人ほどの小さな組織です。医療現場で使われる正規麻薬(医薬品)の流通を監視するという行政業務も有しています。

私は、約40年間、マトリとして薬物捜査に携わってきました。採用された当時は、第2次覚醒剤乱用の最盛期と呼ばれ、毎年2万人が検挙されていました。

押収薬物は覚醒剤が中心で、大麻やコカインなど、4、5種類でしたが、現在は合成麻薬や危険ドラッグ、向精神薬などが加わり、40種類を超えています。

今では検挙者が年間1万人台に減少しましたが、犯罪自体が複雑・巧妙化しており「薬物汚染」は深刻化しています。

——今年1月には初めての著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)を出しましたね。

世界の薬物情勢は、非常に危機的な状況にあります。大麻、ヘロインやコカインといった旧来の薬物だけでなく、覚醒剤やNPS(危険ドラッグ)などが急速に蔓延している。全世界の麻薬取引総額は推定50兆円以上の規模に膨れ上がっています。

UNODC(国連薬物犯罪事務所)の報告書によると、全世界の薬物使用者は推定2億4300万人。それも薬物使用者の増加率と世界の人口増加率と同程度と分析されています。単純計算すれば、毎年約243万人が増えていることになります。