最後に「日本の強み」だ。日本の意思決定の遅さを揶揄する向きもあるが、日本は重要な節目では驚くほど迅速に決断を下している。17世紀、東南アジアや中東とも貿易をしていた日本が「鎖国」をしたこと。そして19世紀には鎖国をやめ「明治維新」を断行したことだ。日本ほど素早くイノベーションを実現し、変化に適応する術を心得ている国はない。小売業の「イトーヨーカ堂(現セブン&アイHD)」は日本の強みを遺憾なく発揮している。

こうした「強み」を持つからこそ、戦後の荒廃から経済大国の地位を獲得できたのだ、と彼は指摘した。日本は世界の「リーダー」という言葉は適切ではないかもしれないが、世界の「お手本」となっていくと。そして46年、当時のGMの経営者に対して日本企業を範にとるよう進言したのだ。

それでは現下の未曾有の危機において、日本の生き延びる道は何かと問われれば、日本の「3つの強み」を生かして経営することだと、間違いなくドラッカーは言うはずだ。何しろ挑戦を続けなければ組織は衰えるし、有能な社員は気持ちが腐るか転職していってしまう。売り上げなど「量」の成長が難しいのであれば、人材育成など「質」の成長を目指せと提言することだろう。

こうして会社は一流の「知識労働力」を手にすることができる。知識が基盤となる社会と経済において他に抜きんでる道は、当然のごとく、知識を基盤とする労働力を育てていくしかない。いかなる組織であっても「知識」に優れた人材を多数持つことが難しいことは統計的にわかっている。並の人材からより多くを引き出すしかないのだ。つまり、長期的な視野で人材を育成し専門性の確保をすることが必要なのだ。ドラッカーは晩年、企業がアウトソーシングや派遣労働者を増やすことに大きな警鐘を鳴らした。組織と働き手との関係が希薄になることは、重大な危険をはらむ。雇用関係にない外部の人材を長期で受け入れれば、雇用関係の雑務から解放され、多くのメリットがあるのかもしれない。しかし企業にとって、人の育成こそが最重要課題であることを忘れてはならない。人を育てる能力まで失うならば、小さな利益に目がくらんだとしか言いようがない。

もし人件費を切り詰めなければならないのであれば、人員削減ではなくワークシェアリングでしのぐ。首切りは社会不安につながるので、社会の公器である企業は働きたい人間を路頭に迷わせてはいけない。

この危機を乗り切るには、まずはマーケティング(顧客の創造)、イノベーション(技術革新)、生産性の向上に取り組むことである。生産性を上げれば、市場が縮小していることから、定時よりも1時間でも2時間でも早く仕事が終わるかもしれない。経営セミナーや情報技術(IT)関連の教育などで、スキルを高める時間も生まれる。

そういう意味でも、日本で人間の使い捨てともいえる「派遣切り」が起こるとは、ドラッカーは夢にも思わなかったことだろう。働く人にやりがいを持ってそれぞれの能力を発揮してもらうという、本来の趣旨から外れた使い方をしているのだ。