選手の名前が下がる起用はしない

東洋大の特徴として、選手たちの在籍する学部や就学キャンパスが分かれていることから、全員がそろうのは朝練習のときだけです。数人ずつ、4つ、5つに分かれて練習する日もしばしばで、時間帯によっては1人だけの練習を見ることもあります。私たち指導スタッフもそれを受け入れ、多様性に富んだチーム作りをしています。

私は駅伝ではいつも、不安がある選手や1%でも途中棄権する可能性がある選手は起用せず、心身ともに充実している選手に任せるようにしています。特に箱根駅伝は、どこかに痛みがあったり、体調不良があったりする選手に走れる距離ではありません。走ったとしても、後で選手がみじめな思いをします。

選手たちには、「名前が下がる起用はしない」と言っています。

選手が起用されるか、されないかは監督判断です。しかし、どんな状態でもみんな一生懸命に頑張ります。それなら、より良いパフォーマンスができる状態で走らせてあげた方が選手のためだからです。

痛みがある選手や体調不良の選手を使っても傷にしかなりませんが、代わりに起用して初めて出場する選手にとっては、その時点で力がなくても経験となって次に活きます。

私自身にも最後の箱根駅伝でメンバーから外れた経験がありますが、そのときの不完全燃焼の思いや無念が指導者となった今も活きています。ですから、走れなかった選手たちも悔しさを無駄にせず、その後の競技生活、あるいは社会人としての将来のどこかで活かしてほしいと願っています。

トレーニングウェアの色などの小さな変化も見逃さない

例年、12月に入って箱根駅伝が近づくと、緊張感がぐっと増します。些細なことに過敏になる時期でもあります。

毎日、選手たちの顔色を見て、体調、血色、目つき、そして足の状態に気を配ります。足の状態が思わしくない選手のフォームを見れば、痛みをかばっているのがわかります。ケガにつながることもあるので、特に注意して見ています。

撮影=松本健太郎
大学のトラックでの練習中の様子。このとき走りだけでなく、細かな選手の変化も観察する

行動面では、集合する前にどんな動きをしているかで、その選手のモチベーションが見えてきます。意欲的なとき、手を抜いているとき、どちらもすぐに行動に表れるものです。

ほかにも、トレーニングウェアの着こなしなど、選手たちの小さな変化を見逃さないようにしています。着るものに何色を持ってくるか。普段の好みと違う色を着ていたり、急に派手な色のウェアを身に着けたりするときには、心理面での変化を見て取れます。

言葉では伝わってこない部分、1つひとつの仕草にサインが出ています。

箱根駅伝当日は、各監督は運営管理車に乗り、選手の後方に付きます。運営管理車は各大学に1台ずつ乗用車が割り当てられています。車内には小型テレビの持ち込みができないので、レースの状況を確認するにはiPadなどを持ち込んでいます。

レース中は各区間で何度か、1回につき1分間、車内からマイクを使って選手に声を掛けることができます。

声掛けの際にはペースや順位、前後のチームとのタイム差を伝えるのが基本です。その後に鼓舞する言葉、あるいは選手それぞれのエピソードを交えた話をします。掛ける言葉はもちろんレース展開によって変わりますが、事前に考えていることも多いです。

たとえば、おばあちゃん子の選手には「おばあちゃんが見ているぞ」と言ったり、故郷が災害に遭った選手には、地元の方々を勇気づけられるような走りをするように言ったりします。