「素人の発想」を忘れないこと

「下駄履きで行って、いつでも利用できる銀行端末=ATMがあったら便利」という鈴木氏の素人発想から生まれたセブン銀行。全国に普及し、ATM台数は2万5000を超える。(写真提供=セブン&アイ・ホールディングス)

——発想力を変わらずに持ち続けるための秘訣のようなものはあるでしょうか。

【鈴木】3つ目のポイントとして、素人の発想を忘れないことです。私がセブン-イレブンを創業したときも、新聞の求人広告を見て応募してきた社員たちは、小売業については素人同然でした。だから、既存の商慣習にとらわれず、新しい流通の仕組みを次々とつくり上げることができました。セブン銀行を開業したときもそうです。流通企業が自前の銀行を設立するという、前例のない取り組みに挑戦する。金融業については素人集団だったから、ATMを1台200万円と既存のATMの4分の1の価格でつくるという、常識外れのコストダウンに成功することができたのです。

——素人の発想の強みはどこにあるのでしょう。

【鈴木】過去の経験や既存の常識に染まっていない純粋さでしょう。「自分はプロである」と思い込んでいる人は、過去に成功した方法を熟知していることが素人との違いと考えるため、過去の経験や知識を過信し、状況が変化しても、自分を否定的にとらえ直すという視点がなかなか持てません。

現代の仕事は複雑で判断が難しいといわれますが、実は、さまざまな制約条件を見つけてきては判断や決断を困難にしているのかもしれない。その制約を打ち破るのが、素人の発想なのです。

——ところで、流通業や小売業でも、顧客情報のビッグデータを活用する取り組みが進んでいます。この動きはどのように見ていますか。

鈴木敏文氏がこれまで経営について語った言葉から、いまなお輝きを放つ種珠玉の名言(約220)を選び抜いた『鈴木敏文の経営言行録』が日本経営合理化協会より2020年1月発行予定。「経営姿勢篇」「マネジメント篇」「仮説と検証の仕事術篇」の3篇に分かれている。

【鈴木】ビッグデータはもちろん、活用できるところはいろいろあります。私が世界で初めてマーケティングに活用したPOS(販売時点情報管理)データもビッグデータの一種でした。ただ、1ついえるのは、ビッグデータはあくまでも過去のデータの蓄積であり、そこからどのようなパターンが導き出されようと、これまではなかった新しいものを生み出すことはできないということです。新しいものを生み出すのに必要なのは、やはり仮説です。

——仮に、弁当やおにぎりは家庭でつくるのが当たり前だった時代にビックデータを収集できたとしても、コンピュータはコンビニで弁当やおにぎりを販売すれば売れるという解は導き出せないというわけですね。

【鈴木】消費が飽和した今の時代はお客様自身、「どんなものがほしいか」と聞かれても答えられません。新しい商品やサービスが目の前に示されて初めて、「こんなものがほしかった」と気づく。そのお客様の潜在的ニーズを掘り起こすには、お客様の心理を読むことが必要で、自らも顧客としての心理を持った人間が、お客様の立場で考え、仮説を立てなければなりません。その点、最近のマーケティングをビッグデータに頼ろうとする傾向はどんなものでしょうか。ビッグデータを活用できる時代だからこそ、それを基に自分の頭で考え、仮説を立て、実行する力が求められているように思います。

(次回に続く)

(文=勝見 明 撮影=市来 朋久)