写真提供=セブン&アイ・ホールディングス
2013年に製法と素材にこだわり、通常価格の1.5倍くらいの256円(税込)もする「金の食パン」が発売され、大ヒットとなった。「もっとおいしいパンをつくろう」と鈴木氏が発案したものだ。

商品も事業も「仮説を立てる」ことから

——スタートの時点から、自分たちで考えざるをえなかった。

【鈴木】当時は「大は小に勝つ」が常識でしたから、セブン-イレブンの創業に対し、まわりは否定論ばかりでどこも協力してくれません。大手の食品問屋も見向きもしない。でも、それが逆によかったのです。弁当やおにぎりも、自分たちでメーカーを探し出して交渉し、対等の立場で商品を一緒に開発するというチーム・マーチャンダイジングを始めました。そして、セブン-イレブンのオリジナルな商品を自分たちでつくるという自主マーチャンダイジングに日本で初めて取り組むことになったのです。

このセブン-イレブンの自主マーチャンダイジングを見て、自社に取り入れたのがファーストリテイリングの柳井正さんです。「私はセブン-イレブンの衣料品版をやった」とは柳井さんの弁です。

——恵まれない状況に置かれたことが逆に、新しいことへの挑戦を引き出していったわけですね。

【鈴木】新しいことに挑戦するとき、実現する方法がなければ、自分たちで方法を考えて道を切りひらく。必要な条件がそろっていなければ、その条件そのものを変えていく。それがセブン-イレブンのDNAです。自分たちで考え、実行してきた蓄積が日販の差となって表れているのだと思います。

——新しいことに挑戦するには、何が必要なのでしょう。

【鈴木】仮説を立てることです。何が成功するかわからない時代に、新しいことに挑戦するのは失敗を恐れる気持ちも働きます。仮説ならば、仮にうまくいかなくても、結果を検証して、また新しい仮説を立てればいい。実は、仮説を立てることは、私たちは日常的にやっているのです。たとえば、天井の高さはどのくらいだろうかと思ったとき、最初に「2メートルくらいだろうか」と仮説を立て、実際に測ってみて、2メートルより高ければ、次回何かの高さを測るときの仮説に役立てることができる。私が新しい事業や商品を思いつくときも、すべて仮説から始まりました。

——仮説を立てるにはどんな考え方をすればいいのでしょう。

【鈴木】1つは、既存の常識や過去の経験に縛られることなく、「本当にそうだろうか」と疑問を発して、本質をつかむことです。たとえば、私がセブン-イレブンでお弁当やおにぎりを販売することを思いついたとき、「そういうのは家でつくるものだから売れるわけがない」とみんなから反対されました。本当にそうでしょうか。弁当やおにぎりは「家でもつくられる」ことに本質があるのではなく、「日本人の誰もがお米のご飯が好きで食べる」ことに本質があるのではないか。ならば、品質のよいものをつくって販売すれば、売れるはずだ。そう仮説を立てて始めたのです。

初めの頃は、棚に並べても、売れるのは2個か3個で、1個も売れない日もありました。人間の食習慣を変えるのは確かに難しいところもありました。それが今では、セブン-イレブンだけでもおにぎりが年間約23億個も売れるほど、日本人の生活に定着しました。

——つまり、既存の概念をうのみにしないことから仮説づくりは始まるわけですね。

【鈴木】2つ目は、発想をジャンプさせることです。セブン-イレブンでは、製法と素材にこだわった1斤6枚入りが256円(税込)と価格の高い「金の食パン」を販売しました。これも「もっとおいしいパンをつくろう」と私が発案したものでした。ナショナルブランドの売れ筋商品より1.5倍も高い食パンをコンビニで売ろうなど、過去の延長線上ではとても考えられず、非連続の跳ぶ発想がなければとうてい思いつかないでしょう。

私が20代から83歳まで、60年間にわたって現役を続けることができたのは、年齢は重ねながらも、今はない状態から、新しいものを非連続で生み出す発想力については、自分でも衰えを感じることがなかったからです。経営者は特に「跳ぶ発想力」を常に磨いておかなければなりません。