なぜ膝を叩くと足が跳ねあがるのか

以上のような伝達効率の変化を「LTP(Long Term Potentiation:長期増強)」と呼び、「同時に使ったらつながる」(逆に使わなかったらつながりが弱くなる)という神経系の一大原則となっています。このニューロン同士の接続性のダイナミックな変化こそが、学習の成立・記憶の形成・好みの変化を成り立たせていると考えられています。

ちなみに、このように学習で獲得された処理を「条件反射」と呼びます。「反射」自体は、より生得的かつ明示的な学習がいらない神経同士のつながりで起こるものです。たとえば、子どもの頃に膝蓋腱しつがいけんたたいて足が跳ねあがる「膝蓋腱反射」を経験したことがあると思いますが、これは膝の「筋紡錘」というセンサー(感覚ニューロンが)が叩かれたことで、自動的に足を伸展させる運動神経を動かすというものです。

筋のセンサー(筋紡錘)ニューロン→脊髄の中継(介在)ニューロン→膝を動かす運動(アクチュエーター)ニューロン

これらの間が元々強く接続されているから起こるという、すごいシンプルなものです。パブロフ型学習による条件反射もそういう“接続が強固なニューロンのネットワーク”を形成するという意味では、似たようなものと捉えていいと思います。

目の前の酒を飲めないのはかなり辛い

余談ですが、仕事で会津若松の高橋庄作酒店(「会津娘」というブランドで有名)という日本酒の蔵元に訪問させていただいた時、たまたまその年の初搾りの「春泥」というすばらしい新酒を試飲させていただける貴重な機会がありました。

が、しかし! 車で来ていたため、飲めない。その時、私の脳神経系は、新酒の香りを嗅ぐだけで、嚥下えんげ反射(喉の筋肉が飲みこむために動く反射)が起こりまくりましたが、前頭前野かどこかの抑制シグナルで何とか我慢しました。学習された反射回路に抗うことは、かようにつらいものかと思いました。

ちなみに、英国の作家オルダス・ハクスリーが1932年に出した『すばらしい新世界』(原題は“Brave New World”)というディストピアSF小説では、「中央ロンドン孵化条件付けセンター」の心理学者たちが、「ネオ・パブロフ式条件反射教育室」で、花や草木の絵本を赤ちゃんに見せて、その後に電気ショックを与える訓練をするシーンが出てきます。これは好きにさせる逆、嫌いにさせる学習です。

これで赤ちゃんが育った後も、花や木などを愛することはなく、「田舎に旅行に行って自然だけ見て帰るような(金のかからない)非消費的な傾向をなくし、よりお金のかかるスポーツなどをするように」仕向けることができるわけです。

これはあくまで「消費」さえ科学的にコントロールされたSF小説の世界ですが、現実世界でも若年期から何かしらの条件付けを目指すアプローチはマーケティング戦術として身近に存在していそうです。