珍主張5:「歯がないのは強烈な個性だと思いませんか?」

傍聴のしたなかでも指折りの、とぼけた味わいの窃盗未遂事件。兄弟が暮らすマンションで、リビングから物音がするので弟がドアを開けると、見知らぬオヤジが兄の時計を手にしていた。兄は不在だった。弟は反射的に時計を取り返したが、直後に恐怖で動けなくなったのをいいことに、オヤジは悠々とタバコを一服。われに返った弟が警察に電話をしている間に部屋を出ていく。逃がしてはならんと後を追うと、オヤジはマンション内の共用廊下でウロウロ。その後、オヤジは無言で弟にタバコをせがむなどし、駆けつけた警察官に身柄を拘束された。

しかし、被告人は「人違いだから無罪だ」と主張。被告人の言い分では、弟は被告人にそっくりの他人と部屋で遭遇し、その犯人が逃げた後、たまたまマンションの共用廊下にいた被告人を犯人と思い込んだのだと、代理人である弁護人が独特の解釈を披露したのである。

これには、傍聴席で腰を抜かしそうになってしまった。なぜなら、リビングで会ってから、弟がオヤジから目を離した時間は数秒間しかなく、室内では1メートルの距離でにらみあっていたのだ。「絶対に間違いない」。検察側の証人として出廷した弟が断言するのも無理はなかった。それでも被告人は余裕の表情。弁護人は、被告人には大きな特徴があるのに、弟がそのことに触れていないのは人違いをしているからだという。

北尾トロ『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)にも、傍聴席の人々が思わずずっこける珍主張を展開する被告人が登場する。

「あなたはじっと犯人を見ていた。部屋でタバコを吸うときも目を離さなかった。口元に注意がいったはずです。被告人を見てください。あなたが犯人だといった男を。さあ、見せてあげなさい!」

法廷でそう促されると、被告人は弟に向かって顔を突き出し、ニッと口を開いた。歯が2本しかなかった。弁護人が身を乗り出して弟に問う。

「歯がないのは強烈な個性だと思いませんか?」

が、弟は冷静に答えた。

「思いますけど気がつきませんでした。この人だったと思います」

力尽き、それ以上の質問をあきらめる弁護人。気落ちしたそぶりも見せず、退廷時、傍聴席に向かってニッと2本の歯を見せる被告人。法廷はコントを演じる場所じゃないんだがなあ。

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