金属製の器具で子宮内をかき出す
2013年に産婦人科の専門研修を開始した私が中絶手術としてまず習得したのは、D&C(頸管拡張及び子宮内膜鋭的掻爬術)、いわゆる掻爬法だ。
これは金属製の細長い器具を子宮口から入れて、正常の子宮内膜を傷つけないように注意しながら、子宮内の妊娠組織を全体的にかき出す方法である。術中は強い疼痛が生じるため、静脈麻酔で眠らせて手術を行う。なお、経腟分娩の経験がない女性は術中に子宮口が開きにくいため、術前に子宮口を開く処置を要する。この前処置は感じ方に個人差はあるものの痛みを伴う。
鋭的な器具を使用する掻爬法の合併症には、子宮内で癒着が起こる子宮腔内癒着症(アッシャーマン症候群)、子宮内膜が薄くなる子宮内膜菲薄化、子宮に穴が開いてしまう子宮穿孔などがある。合併症の発生頻度は低いが、発生すると将来的に不妊を生じる可能性がある。「中絶すると子宮を傷つけて妊娠しづらい体になるかもしれない」という中絶に対して抱くイメージはここから来ているのだろう。
WHO「掻爬法は時代遅れで、やめるべき」
日本では、妊娠初期の中絶の約33%が掻爬法、約47%が掻爬法と電動吸引法(※3)の併用で行われている(※4)。つまり約80%で掻爬法が行われており、日本で主流の中絶方法といえる。
また、日本では中絶だけでなく稽留流産(※5)に対する手術においても掻爬法が行われることがあるため、掻爬法を経験したことのある女性はかなりの数に上るだろう。
(※3)子宮口を開く処置をした上で、子宮内に金属製の吸引管を入れてチューブにつなぎ電動で妊娠の組織を吸引する方法
(※4)Sekiguchi A, et al., Int J Gynecol Obstet 2015; 129: 54-57
(※5)妊娠が継続せず自然に終わり、出血などの症状がなく胎のうや胎児が子宮内にとどまっている状態のこと
産婦人科医として中絶を施術する立場となった私は、とにかく合併症を生じさせないように慎重に、葛藤を抱えながら必死に掻爬法の技術を習得した。
しかし、私が必死に習得した掻爬法は、もはや世界のスタンダードではなかった。WHO(世界保健機関)は「掻爬法は、時代遅れの外科的中絶方法であり、真空吸引法または薬剤による中絶方法(Medical Abortion)に切り替えるべき」と勧告している(※6)。実際、欧米を含む先進諸国では掻爬法はほとんど行われていない(※7)。掻爬法の実施率は、アメリカでは0~4%、イギリスでは0%と報告されている。
(※6)World Health Organization, Department of Reproductive Health and Research, "Safe abortion: technical and policy guidance for health systems" Second edition, 2012
(※7)Cates W, et al., Am J Prev Med 2000; 19(Suppl): 12-17