当然、本人は、「私はなにをしようとしていたのだろう」「私はなぜここにいるのだろう」と不安になります。そんな不安は感じたくないから、自分の得意だった作業からも遠ざかってしまうのです。

「目的」を思い出してもらう

母親があまりにも簡単なことで失敗したり、勘違いしたりすると、慣れないうちは、家族も「なんでこんなことができないの?」と思ってしまいました。そのような発言や、まなざしは、すでに十分不安になっている当人を傷つけました。母親は、青白い顔をして、ソファに座ってばかりいるようになりました。

簡単なことが覚えられなくなったり、得意だった作業ができなくなったりしたのは、海馬が萎縮したためです。それをはっきり認識したら、対策がわかりました。

例えば私が、台所で母親の横に立てば良いのです。おみそ汁を作っているという目的を忘れてしまうなら、そのたびに母親に言って、思い出してもらう。母親は、包丁を使う技術を失ったわけではない。ただ「目的を覚えておく」ことができなくなったのです。

実際、「これはなんで切っているんだっけ?」と聞かれるたびに、「おみそ汁のためだよ」と言って、思い出してもらうことを続けたら、母親は、やる気を取り戻してくれました。

「治す」ことはできなくても「やれる」ことはたくさんある

アルツハイマー病は、何十年という時間を掛けて、ゆっくり進行する病気です。一朝一夕に、全ての能力を失ったりはしません。料理をする能力を失ったのではなくて、目的を覚えておくことができないから、しなくなっただけなのです。

そのように細かく、母親の抱えた問題を明らかにしていくことによって、対策がわかり、母親の生活、家族の生活に活気が取り戻されていきました。「治す」ことはできなくても、「やれる」ことはたくさんあったのです。

私は、細かく日常の中で起こった、母親の問題、家族の問題について日記を付け、科学的に分析をしていきました。

もう一つ例を挙げれば、次のような特徴的な症状がありました。

食卓に着いていると、母親が突然、「あれ? ちびちゃんはどこへ行ったの?」と言うのです。

わが家には、小さな子供はいません。しかし、かなり頻繁に、母親は「ちびちゃん」の存在を気にします。

このようなとっぴな発言に、最初は家族もぎょっとしていました。

先に書いたように、海馬は新しい記憶を固定することに使われる重要な組織です。それゆえに海馬が萎縮すると、新しいことは覚えられなくなりますが、昔の記憶には問題がないことが多い。