「アポの取り方も、1日1件ずつより、週1~2日で5件をこなし、残りの日は内勤に集中するほうが効率がいいこともありました。取引先への返事も、17時半までにしなければいけないので、決断する勇気が持てた。わからないことは上司や先輩にすぐ聞きました。悩む時間が減った分、考える時間が増えて、生産性は確実に上がりました」

キリンビバレッジ 広域開発営業部 営業担当部長 岡田俊治(しゅんじ)さん

今は仕事のことをいろいろ吸収したい時期。早く帰るのはもったいないという気持ちもある。

「でも先月結婚して、いつかは私も同じ状況になるかもしれない。今回の体験で、やろうと思えばできるとわかってよかったです。女性だけが悩むのではなく、みんなが早く帰ろうと思うようになればいい」

吉良さんと佐々木さんの上司、岡田俊治さん(入社28年目)は、「なりキリン」の導入にあたり、まずメンバー全員とこのチャレンジの仕組みや目的を共有した。

「部署内には、1歳半の子どもがいる『まじキリンママ』もいるんです(笑)。みんなに彼女の大変さを味わってもらうとともに、業務をどうやって圧縮するか、知恵を出し合うきっかけになった。予定や提出物はアウトルックで共有しているので、僕は『これ大丈夫か?』とこまめにリマインドするようにしていました」

意外だったのは、「なりキリン」社員以外の社員の働き方にも影響があったことだ。

「夕方以降、だらだら残るメンバーが減りましたね。僕も極力、早く帰るようにしているので、相談も午前中に持ち込まれるようになった」

いつでもメンバーの悩みを聞けるよう、遅くまで残って待機――。そんな「理想のリーダー像」にこだわらなくても、マネジメントはできる。岡田さん自身も、過去の思い込みから解放されたという。

その変化に一番驚いたのは、岡田さんの妻だった。

「『パパ、最近やけに早く帰ってくるけど、会社は大丈夫なの?』と不安そうに聞かれたので、働き方改革の説明をしました。家内はキリンの元社員ですが、当時は結婚したら女性が辞めるのが当たり前でした。『私も残っていれば、もっと働けたかもしれないのに』と、うらやましそうにしていましたよ(笑)」

たった5人の女性社員の提案から始まった「なりキリン」プロジェクトは、女性だけでなく、男性の働き方を根本的に見直すきっかけとなり、ボトムアップから働き方改革を推進する切り札となった。

社内のあらゆる層で意識変革を進める一方で、今後は得意先や出入り業者の理解を幅広く得ていくことも課題となる。前例踏襲ではない新たな関係づくりが進めば、より強い改革モデルになっていくだろう。

撮影=市来朋久

白河 桃子(しらかわ・とうこ)
相模女子大学客員教授、昭和女子大学客員教授、ジャーナリスト

相模女子大学客員教授。慶應義塾大学卒。働き方改革、ダイバーシティ、SDGs、女性活躍、ジェンダーなどがテーマ。「男女共同参画会議専門調査会」専門委員、「働き方改革実現会議」有識者議員などを務める。『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中公新書ラクレ)、『御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社』(PHP新書)など著書多数。