NHK「ばけばけ」では、小泉八雲がモデルのヘブン(トミー・バストウ)に、知事の娘リヨ(北香那)が一目惚れするシーンが描かれている。この話も史実に基づいている。知事の娘は、いったいどういう人物だったのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などから読み解く――。

(※本稿は一部にネタバレを含む場合があります)

知事の娘の“一目惚れ”は史実

NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」は、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の距離がどんどん近づいてきたように感じる。いつ結婚するのかなと思うのだが、まだまだ話は一筋縄ではいかない。なんと江藤安宗知事(佐野史郎)の娘リヨ(北香那)がヘブンに一目惚れ、しかもトキに協力を求める展開に。いったい、この三角関係はどうなってしまうのかと朝から注目していた。

これもまた、史実をもとにした脚本。松江にやってきた八雲は、本当に県知事の令嬢・淑子に一目惚れされていたのだ。

この淑子とはどういう女性だったのか? そして、八雲との関係が発展しなかった理由について考えてみよう。

淑子は、八雲を招いた島根県知事・籠手田安定こてだやすさだの娘であった。

籠手田安定
籠手田安定(写真=島根県編『府県制の沿革と県政の回顧』、1940年/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

安定は平戸藩の出身で、山岡鉄舟やまおかてっしゅうから一刀流正統の証の朱引太刀しゅびきのたちを授けられた一流の剣術家である。明治維新後は、島根県知事をはじめ要職を歴任し男爵を授けられている。

そんな古武士のような風格を持つ安定は、日本の伝統に憧憬を持つ八雲にとっては興味深い人物だったのだろう。そんな八雲の興味を知ってか1890年9月の松江に来て間もない時期に、安定は自身の邸宅に八雲を招いて歓待している。

ウグイスを贈るが、関係は進展せず

錦織(吉沢亮)のモデルとなった西田千太郎の日記では、安定は八雲のために雛人形を飾り、書画骨董を並べて茶席を設けた。さらには、剣術、娘の琴の演奏などがあったとあるので、八雲は満足したことだろう。

この時、琴を演奏したのが安定の娘・淑子(史料により「とし子」とも)であった。その後のことを池野誠『小泉八雲と松江 異色の文人に関する一論考』(島根出版文化協会 1970年)では、こう記している。

ハーンはその後、県知事令嬢と交際するようになった。県知事籠手田安定には令嬢が二人あったが、よし子は松江婦人会会長をつとめたりするほどの才媛ぶりを発揮し、ハーンのこともなにかと世話をしたので、彼も彼女に対しては特別の好意をいだいたのだった。

実際、翌年にかけて八雲と淑子との関係はかなり密接になっている。池野の著書では、1891年の初頭、寒さもあり寝込んでいた八雲に、淑子は見舞い状と共に珍しい形の籠にいれられたウグイスを届けたと記している。ここで池野は「美しい鳴き声に心を慰められた」「好意に感動したのだった」と記している。

実際、この時期の西田宛の手紙でも淑子に礼状を送る予定であることなどは書いてある。しかし、それっきり二人の関係は発展しなかった。安定が新潟県知事に転任した後に送った手紙で淑子に触れている部分はあるが、その程度である。