「退職する時、小嶋さんにだけ手紙を書いた」

――柳井さんがジャスコに就職したのはどういった経緯だったのでしょう。

家業の洋服屋(小郡商事)がダイワというショッピングビルをつくったんです。その共同経営者の長男がジャスコに就職するので、お前もいっしょに行かないかと言われて。僕は「できたら仕事をせずに一生を過ごそう」というタイプだったので就職についても特になにも考えていませんでした。でも親父がそういうのだったらしょうがないな、ということで、就職したんです。

5月に入社して次の年の2月まで。在籍していたのはわずか10カ月です。しかしこれを読んで思ったのは、僕はやっぱり小嶋さんの影響をものすごく強く受けたんだということです。

――小嶋さんと接触はあったのですか?

小嶋さんは人事部長でしたからね。何回かお会いはしました。具体的に言われたことや何かはほとんど覚えていなくて、「うるさい人やな」ということくらい(笑)。

しかし、退職するときは、小嶋さんにだけ手紙を出しました。こういう理由で退職しますという手紙を書いたんです。この人だったらひょっとして僕の気持ちをわかってくれるんじゃないだろうかと思ったのです。それぐらいジャスコでは印象深い人でしたね。

「退職するときは、小嶋さんにだけ手紙を出しました」(撮影=石橋素幸

岡田卓也さんは豪胆な実行者

――岡田卓也(イオン名誉会長)さんとは交流はなかったのですか?

在職中に1回だけ、岡田卓也さんに会いました。岡田さんに言われて覚えていることがひとつあって、「商売はアタマで考えるものじゃない。カラダで慣れろ」と。地味なスーツを着ていらしたんで、卓也さんの印象は「この人えらい地味で実直な人だな」。現場主義の人だったのだと思います。

小嶋さんが会社の構想を練ったり、人間的な側面を見たりして、岡田さんは実務を行った。いまでいうところのCEOが小嶋千鶴子さんで、岡田卓也さんがCOOですね。会社の基本的なこと自体は、彼女のほうがよく理解していたのではないかなと思います。岡田さんは豪胆な実行者だったのではないでしょうか。

当時は、岡田屋、フタギ、シロで合併をするのに、シロの経営内容が非常に悪い、という話を岡田さんがされていたのをよく覚えています。