――哲学者は金に縁がないとばかり思っていました。

先ほどのヘラクレイトスが〈戦いは万物の父である〉と言っているように、西洋哲学の歴史は知の格闘史でもあります。ソフィストは知恵のあるものという意味ですが、古代ギリシャでは、政治家に選挙用の弁論術を教えるのが生業でした。ソクラテスは口先だけのソフィストを論破したと習ったと思いますが、プロタゴラスが〈人間は万物の尺度である〉と言ったように、当時は、絶対的な真理などない。価値観は人それぞれであるという相対主義が主流でした。

――価値観の多様性って、ずいぶん現代的ですね。

今日の気温を暑いと思う人もいれば、寒いと感じる人もいるように、価値の尺度がバラバラだから相反する議論も成立するわけです。いかに黒を白と言いくるめ、相手を言い負かすかが勝負。大衆の好みそうな「国益のため、幸福のために大改革を!」とアジテーションがうまく、演出が上手な政治家が勝つわけです。衆愚政治ですね。

――これも現代的だ。

そこへソクラテスが登場し「何も知らないから教えて」と質問し、相手に生じた矛盾をついて、ソフィストを次々に言い負かしたのです。自然って何? 人間って何? 魂って何? 真理は相対的なものではなく、絶対的真理と言える理想があるはずだと信じ、知の限界を見極めたかったのでしょう。

その真摯な姿勢は多くの若者の支持を得ますが、公衆の面前で恥をかかされた者たちの恨みをかって、死刑。真理への熱い思いは弟子たちに受け継がれます。