人が嫌がることは率先してやる

僕はさ、人が嫌がることを上の人間が率先してやらないと、下はついて来ないと思うんだ。掃除もそうだけど、サボりたいって気持ちは誰にだってある。ないなんていったら嘘さ。でも、僕はサボらない。負けたくない。自分の怠け心に負けたくないって思うんだ。

ホルモン一筋45年・スタミナ苑の豊島雅信さんのルーティンは閉店後のトイレ掃除だ。

手を抜いたことだって、過去にはそりゃあるよ。だから、手を抜いちゃだめだって声を大にして言うんだ。説得力があるだろ。

店の周辺は夜中になると静かだね。人通りもほとんどない。

アルバイトが帰った後は夜の仕込みの時間だ。ラジオを聴きながら、一人で黙々と手を動かす。BGMはいつも『ラジオ深夜便』。仕事に集中したいから、うるさくてくだらない番組は嫌だね。FMで『ジェットストリーム』でもいいな。

夕方に届いたレバーを翌日にいい状態で出したいから、真夜中の仕込みを続けている。普通の人とは生活の時間帯がずれているけど、どんなときでも1日の出来事は知っておきたいじゃない。世の中の動きを知らないなんてみっともないからさ。

昔から心の支えになったのは音楽であったり、映画であったり。そして本も生きる力になったね。本はいいよね。三浦綾子の『氷点』も読んだ後に涙が止まらなかった。ああいう作品が自分を変えたのかもしれない。

根っこは「負けてたまるか」の精神

山本周五郎の歴史小説も面白かったな。20代の頃は夢中になって本を読み漁ったもんだ。人間の優しさだったり、弱さ、人生の機微は本で学んだのかもしれない。若い頃に読んだものがまだ僕の人生の中に残っているんだから、本ってのはすごいよね。

でもさ、本や映画の世界に没頭しても、いざ現実世界に戻ったら、僕は普通のことができないじゃない。だから、ほかの人間以上に努力しなきゃいけないって思ったんだね。「負けたくない」って口で言っても、じゃあどうするかって考えてさ。

右手が十分に使えない分自分なりに工夫して、局面を打開してきた。だから人一倍、修行を繰り返してきた。もちろんほかの人より時間もかかったと思う。

今年で60歳になるけど、1日12時間この場所に立っている。レバーの仕込みは絶対に僕にしかできない仕事だと思ってる。

自分という人間の根っこを作ったのが「なにくそ、負けてたまるか」というハングリー精神だった。「どうせ、自分なんか」って思いながら生きてたってつまらないじゃない。人にはいろんな価値観があるけれど、どんなことでも、負けたくないってところから始まっているものが多いと思うんだ。