直営店の出店も後発ゆえの発想だ。これには2つ理由があるという。

四条烏丸店・茶房こげつ(画像提供=鼓月)

「ひとつは新参者ゆえ、当時ステータスだった百貨店に出店できなかったこと。祖母の時代は出店する直前に、競合から『鼓月が入るなら退店する』と横やりが入り、断念したこともありました。それなら自社で店を出そうと。たとえば創業20年の年には、当時の売上高の半分を投じて、京都随一の繁華街・四条烏丸に自社ビルを購入して路面店を出したのです」

「もうひとつは、2001年に出店した『祇園店』に象徴されるように、業界の不文律を気にしなかったこと。当時の京菓子業界には暗黙のテリトリーがあり、祇園に出している店は1~2軒でした。周りからいろいろ言われましたが、気にせずに出店した結果、今では祇園に京菓子店も増えました」

まねされた結果、存在感が高まった

鼓月にとって「千寿せんべい」は主力中の主力だ。一回り小さい「姫 千寿せんべい」など派生商品を含めて、年間売上高の半分弱を稼ぎ出す。実は、発売時から製法もほぼ変わっていない。中西氏は「当時の製法に固執はしていないが、変える必要性も感じない」と話す。

「食品」の世界では珍しい例だろう。ロングセラー食品を取材すると、「いかに昔のイメージに近づけて配合するかに苦労する」といった声を聞く。時代とともに消費者の舌が肥えていくので、それに向き合う場合もあれば、当時の原材料が現在は入手困難な場合もある。

つまり「千寿せんべい」は、現在の技術では簡単にまねできる。そのため前述したように類似商品も出回っている。だが、これにより逆に存在感が高まった。

「当社の商品だけでは、他の京菓子の中で埋没してしまったかもしれません。他社も手がけられた結果、あの形のヴァッフルの露出が高まったとも思います」

ヒット作が生まれると競合も追随する。その結果、「点」が「線」や「面」になり、消費者が目にする機会が増えるわけだ。とはいえ、茶菓子の世界にはライバルも多く、次々に新商品が出る。その中で、発売以来半世紀の“アラフィフ”が生き残った理由を考えたい。