話し合いが袋小路に入ったら、どうするか
もうちょっと花に関する話をしよう。数週間前のことだ。失効する前に使ってしまわなければならない飛行機のマイルがあった。雪もちらつきはじめ、昼の時間も気が滅入りそうなほど短くなっていたので、クリスマス休暇の前にちょっとした旅行に出かけるのも、いい考えに思えた。「ハワイに行こう」と私は妻に言った。ふたりとも、まだハワイには行ったことがない。
「家のことはどうするの?」
「子どもたちがやってくれるさ。もうできるだろう」
そして私は、妻がよく口にする“もったいない”という方向に話をもっていった。
「使わないと、貯まったマイルが無駄になってしまうんだよ」
妻は冬休みをとることに罪悪感を覚えていたようだが、これが彼女の心を揺さぶり、気持ちを変えた。けれど、妻はこう言った。「ちょっと考えてみるわね」。意訳すれば、「断るいい言い訳がないか、ちょっと考えてみるわね」ということだ。
話し合いは袋小路に入った。私はこれを“ギャップ”――埋めることのできるギャップ――と呼びたい。誰かの考えを変えることと、実際に行動に移させることのあいだに存在する“ギャップ”である。考えることと行動することのあいだにある“ギャップ”を埋めるのに、最もいい方法とは何だろう? それは、“欲望”という人参をぶら下げて、聴衆が動き出すのを待つことだ。
誰でもできる、ギャップを埋める方法
妻の場合で言えば、人参は明らかに、花への欲望だ――「冬の季節に花を愛でたい」という渇望として花開く、欲望である。ハワイと花……人参はすぐそこにある。その晩、カクテルを飲みながら、私はマウイ島のリゾート地に咲いている花の写真をいくつか検索して、iPadで見せた。
「これはハイビスカス」。どうだと言わんばかりに見せた。「そしてこれがアマリリス、極楽鳥花、ブーゲンビリア」。ウィキペディアで覚えた名前を並べた。アルファベット順であることに妻が気づかなければいいが。
「もう、やめてよ」と、妻は微笑みながら言った。
「フクシア」。一息おいた。「クチナシ、ええっと、ハイビスカス……」。ハイビスカスはもう言っただろうか?
「マウイ島ね」と妻が言った。説得できたとわかった。
「明日、予約するよ」
「誘惑」が成功した。人参をぶらさげ、ギャップを欲望で埋めたのだ(ともかく、その旅はとても楽しかった。花も咲き乱れていた)。
このテクニックは、どんな人が使ってもうまくいく。ビジネスにおいても有効だ。どうやって説得したらいいかという相談に乗るのが私の仕事だが、仕事のほとんどは、説得につながる“ギャップ”を見つけることと、そこをどうやって欲望で埋めるかを考えることである。誰もが欲望をもっている。欲望を見極め、人参をぶら下げれば、“ギャップ”を埋められるはずだ。
ミドルベリー大学教授
執筆者、編集者、会社役員、コンサルタントとして30年以上にわたり出版業界に携わってきた。本書の第1版が刊行されてからは、講師として世界中を飛び回り、「伝える技術」を教えている。現在はミドルベリー大学教授としてレトリックと演説の授業を担当。NASA、米国国防省、ウォルマート、サウスウエスト航空などでコンサルティングや講演もおこなっている。