恐怖を例にとってみよう。この本を読んでいるあいだにあなたの心臓は止まる、と私があなたに信じ込ませたとする。あり得ない話ではない。感じやすい人なら、わずかな怖れから不整脈を起こすかもしれない。心臓は一定のリズムを刻まずに不規則に鼓動を打ちはじめ、体内の重要な組織が破壊され、やがて胸を押さえながらあなたは死ぬ。

どうだろう、怖くなかったのではないだろうか? 私が言ったことをあなたが信じなければ、怖れを抱くことはないはずだ。感情は予測と経験――過去に起こった、あるいはこれから起こるであろうと聴衆が信じていること――があるからこそ生まれる。したがって、実際に経験したときの感覚をより生き生きと語れば、より強い感情を聴衆に起こさせることができる。

また、誰かの気分を変えたいときには、ストーリーを話すといい。悪口を言うのはいけない。暴言を吐くのもいけない。アリストテレスによると、気分を変えるのに最も効果があるのは、細部まで詳しく状況を話すことだという。ストーリーを生き生きと語れば語るほど、聞き手も本当にそれを体験しているかのような気分になり、同じことが起きるかもしれない、と考えるようになる。聞き手を、実際に体験したかのような気持ちにさせ、自分の身の上にも起こるかもしれないと思わせることが大切だ。

「欲望」も説得に役立つ

感情とは、あなたの論理をちょっと“甘く”するための、スプーン1杯の砂糖のようなものだ。感情という道具を使えば、相手に行動を起こさせることも可能になる。

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もうひとつ、説得に役立つものがある、「欲望」だ。ソフトウェアの展示会で、製品の横にビキニ姿の女性に立っていてもらえば、多くの男性たちが興味を示すだろう。要は、聴衆に、自分が願うとおりの行動をとらせるような感情を呼び起こさせなければいけないのである。この場合でいえば、製品を買うという行動だ。

欲望というのは何も性的なものだけではない。自分の理想にかなう濃紫色のバラを強烈に欲している庭師もいるだろう。私の妻は『ローズマリーとタイム』というBBC(英国放送協会)のミステリー番組がお気に入りなのだが、この番組はガーデニングと犯罪を扱ったものだ(正直に言うと、どういう番組か私はよく知らない。この番組を見ると、いつも5分で寝てしまう)。

妻によると、この番組は“花のポルノ”だという。だが、私は個人的には何の刺激も感じない。

これが大切な点だ。人によって欲望を抱く対象は異なり、欲望が異なれば行動も違ってくる。