日本には富裕層を満足させる高級リゾートがない

――そういえば、以前、袁さんに取材したときにも、高級ホテルでスリッパをうやうやしく持ってきてくれたスタッフを見て、中国人客が感激したというエピソードをお聞きしたことがありました。

そうですね。中国ではそのような丁寧な接客はあまりしてもらえないので。

――旅館もそうですが、日本人にとって「フツー」のことでも喜んでいただけるんだということを、日本人はもっと認識すべきだと思いますね。

ええ、日本のインバウンド対策では、よく「無料Wi-Fiスポットを増やすべき」などのハードが指摘されると思いますが、中国人旅行客は、そこに不便を感じていません。中国の旅行会社、シートリップなどで航空券を買えば、日本で使えるWi-Fi機器がサービスとしてついてくるので。なので、何か目新しいものをわざわざ用意するというよりも、今あるものを正確にきちんと伝える。そのほうが重要ではないかと思います。

――おっしゃる通りですね。ご著書の中で、「日本の旅館は安すぎる」と書いていますね。私も同感なのですが、ここも日本人が聞くと「えっ?」とビックリするところではないかと思いました。

プチ富裕層以上の中国人は、そのように感じていると思います。今、1泊2万円の旅館が、明日から3万円になったとしても、さほど違和感は覚えない。日本の大きな問題点は、富裕層を満足させるような高級リゾートがないことでしょう。たとえば、バリ島の5つ星ホテルはラグジュアリー感がとても高い。日本にももっと高級なホテルがあっていい。ニーズはすごくあると思います。1泊10万円くらいのホテルは、日本では最高級の部類でしょう。でも、世界の高級リゾートに比べると、驚くような値段ではありません。

――これは私の個人的な意見ですが、日本でサービスやモノの値段が安いのは、サービスを提供する側は「お客さまのため(高すぎてはいけない)」という利用者の立場に立った意識が強く働いていることと、世間一般では、モノやサービスの値段が青天井に高く吊り上がることに対して、抵抗を感じる人がいること。そういう日本人の総中流意識、文化の違いなども背景にあるのかな、と思いますね。

かなりのお金持ちであっても、100万円の商品をお歳暮で差し上げるということは、日本人はあまりしないと思います。日本人の間で「これはだいたい、これくらいの金額(相場)」という意識や、目に見えない枠組みのようなものがあるという気もします。

それと、ご著書では、中国人客が日本の高級店で料理を食べたり、高級な旅館に泊まったりすることの背景には、何でも「ランキング」で判断するという習慣があると指摘されていました。とても興味深いです。

中国では60~70年代に文化大革命があり、それまでの歴史や文化、価値観がすべてリセットされてしまいました。伝統的な価値判断の基準がなくなったところへ、急激な経済成長がやってきて、何でも数字で判断するようになった。拝金主義の蔓延を批判する声が高まっているといっても、「自分なりのものさし」を見つけるには、まだしばらく時間がかかると思います。

だから、今の中国人は「値段の高い店=いい店」だと考えます。ところが、中国では、そのことをよく知っている悪徳商人がわざと高い値段をつけて、相手をだまそうとする。だから、中国では値段が高くても、必ずしもいい店とは限らないのですが、日本でだまされることはほとんどないと、多くの中国人は信じています。お金を出せば、出した分だけ、いいサービスが返ってくる。裏切られる心配がない。だから、日本でこそ、高いお店に行きたいと思うわけです。