大阪で発揮した営業マインド

1975年、大学院の機械系修士課程を終え、恩師の勧めもあり当社へ入社しました。いまは大学院を出た新人など珍しくありませんが、当時はまだ大学院出というと大学に残って研究者になるのがふつうでしたから、諸先輩から「学者が入ってきた」と冷やかされたものです。

空調システムの技術を生かして、人やものに対する快適な空間づくりと、地球環境に配慮したエネルギー運用の提案などを行っているのが当社です。若手社員の頃は、企業の技術力向上に貢献する一人前のエンジニアになろうと、現場業務に一心不乱に取り組んできました。当時は周囲に気を配る余裕もなく、客先へ当社の技術を生かしたシステムを納入しさえすれば、失礼はないものと思い込んでいました。

高砂熱学工業 会長兼社長 大内 厚氏

しかし現場運営を任されるようになり、業務担当範囲が広くなっていくことで、客先や協力企業に対する「節度ある対応」がいかに大事なことかを知ることになりました。

たとえばシステムトラブルが発生したら、遠方であろうと昼夜を問わず現地へ駆けつけ、お客様の不安を取り除き、事態の改善に注力する。協力企業に対しては、やり直しの必要のないきっちりとした計画で指示を出す。さまざまな失敗の中から、こういった姿勢で取り組むことが信頼につながり、次の仕事につながっていくことを学んだものです。

2005年、支店経営の次席である副支店長として大阪へ赴任することになりました。このときから、私の役割は大きく変わります。

それまではプロジェクトや部門の収益を高めることが私の使命でしたが、以後は支店全体の業績向上のためにどう動くべきかを考えるようになりました。お客様への対応も、御用聞き型のいわゆる「技術営業」から、より高い次元で顧客対応をさせていただくようになりました。