回答途中に起きたある“異変”
【Q】母校を一言でいうと、どんな学校ですか。
修猷館OB(50代)「自由な学校でした。校則もなくて。江戸時代の福岡藩の藩校で、その歴史(1784年設立)はアメリカ合衆国(が正式発足した1789年)よりも長い」
筑紫丘OG(20代)「リアルな評判が良い学校です。生徒には兄弟が多い。その理由は、上の子が入学して学校生活の話を聞いた下の子が入学したがるからです」
福岡OB(50代)「文武両道の学校です。あえて困難な道を選ぶよう指導されました。そんな校風だからか、あきらめない気持ちが育まれ、その後の人生に大きく影響しました」
東筑OG(50代)「あの高倉健さんの母校です。同級生にそんな男子はいなかったけど、ラグビーや野球が強い文武両道の学校です。野球は甲子園に何度も出場し、OBに(近鉄などで監督をした)仰木彬さんもいます」
小倉OB(50代)「野球ならうちだって強い。プロ野球選手を10人以上も出した文武両道の学校だよ。ラグビーも日本代表の山田章仁選手がいる。文武の『文』で言えば、日銀総裁を務めた白川方明さんも卒業生にいるよ」
明善OB(50代)「藩校と言えば、うちも有馬藩の藩校だ。OBにはNTT初代社長の真藤恒氏やブリヂストンの2代目社長の石橋幹一郎氏もいる。偏差値は今、70とか言われている」
嘉穂OB(50代)「うちは田舎の進学校。でも、柔道が強い。金鷲旗(高校柔道大会)は6回優勝した。これは九州勢で例がないはず。中でも、吉岡剛先輩はあの五輪金メダリスト、山下泰裕氏を倒した。連戦連勝の山下氏が喫した最後の敗戦だ」
途中で“異変”が起きたことにお気づきだろうか。
質問は「どんな学校ですか」だったのに、リレー形式で回答していくうちに、「うちも」「うちだって」と有名OBの名前や部活の武勇伝が競い合うように出てきた。これが、各校出身者にくすぶる「ライバル心」である。
福岡に転入してきた方々は、どの高校と、どの高校がライバル関係にあるのか、読み取っていただきたい。そのはざまに“地雷”が潜んでいるかもしれない。
最初に“地雷”を踏んだのは?
ヒートアップする前に、本題に入った。
【Q】福岡は大学よりも高校の人脈が強い……
「はいっ」
質問を言い終わらないうちに、手が挙がった。受験戦争をくぐり抜けてきた面々だからか、競争心に火が付いたのか。
東筑OG「亡くなったコカ・コーラウエスト(福岡市、現在はコカ・コーラボトラーズジャパン)会長だった末吉紀雄さんに本当にお世話になりました。東筑の先輩です。私が記者時代、韓国・釜山に駐在したばかりのころ、取引先との親睦旅行で釜山に来た末吉さんが『僕の方がたくさん知り合いがいるぞ』と、現地の人脈を紹介してくれました」
「さらに、東筑出身の経済人でつくる懇親会にも呼んでいただき、今も参加しています。私が営業に移った後は、別の東筑の先輩が広告を出してくれました」
感極まったのか、思い出を語るOGの目はうるんでいるように見えた。
嘉穂OBも参戦した。
「嘉穂と東筑は姉妹校(実際は東筑が移転した土地に嘉穂ができ『兄弟校』とされる)だ。そのつながりで、ある東筑の先輩に、私が出版に関わった本を大量に購入していただいた」
すごい効果である。ただ、生々しい営業の話が続いて引いたのか、場は一瞬、静かになった。その時だ。はからずも、司会の私が“地雷”を踏んだ。